「帰るのか?」

「おや、マツカとの逢瀬はもういいのかい?」

「……っ!だから、あれはっ」

ぜーはーと、息を乱しながら生徒会室に戻ってきたキースの問いに対して。

帰り支度を済ませたブルーが、笑顔で答えた回答に。

キースは思いっきり頭を抱えたくなった。

そんな様子を、くすくすと可笑しそうに笑いながら。

帰ってしまおうとするブルーの腕を、横をすり抜けていこうとする瞬間に掴んで。

やっとのことで、それを止めた。

「……帰るのか?」

同じ台詞を、再び言葉に乗せる。

すると今度は、ぽんっと頭に優しい手が触れ。違う答えが返ってきた。

「一緒に、帰るかい?」

「あ、あぁ。ちょっと待っていろ」

帰る。ということは決定事項だったようなので、慌てて生徒会室に飛び込み、鞄を掴む。

室内は、落ちかけた夕日の明かりだけしかなく、薄暗くなっていた。

非常識なマツカを追い回している間に、団欒していた連中はすべて帰ってしまったようだ。

頭上にもたらされた温かく優しい手のひらの感触は、ほんの少しだけ自分を待っていてくれていたのかもしれない。

という期待を後押しし。

帰ってしまおうとしていたことを思い出して、その感情を胸にしまう。

 


 

生徒会室の中は、フィシスがみんなのために用意し、マツカがキースのために準備してきた、チョコレートの匂いがまだ僅かに残っていて。

甘く、幸せな一日の証。心を癒すはずのそれは。

キースにとって、再び疲れを呼び覚ますものでしかなかった。

せっかく今日は二人きりとはいかないが、穏やかにブルーと話ができそうな雰囲気だったのに。

マツカの奴め。今度顔を合わせたら、もう一度くらいは殴っておこう。

そう決意して、振り返ると。

窓の外を見つめているブルーの後ろ姿が、やけに儚く見えて。

薄暗くなった廊下の向こうに、ブルーが消えてしまうのではないかと思った。

その名が示すとおり、ブルーには青が一番似合うと思う。

どこまでも、包み込んでくれるような深い青。

どこまでも、導いてくれるような透き通る青。

だから、ブルーには晴れ渡った平和の象徴のような。青い空が似合うと思うのだ。

それなのに、ふとした瞬間。

何故だか、こんな風に。薄暗い闇の中へ溶けて行ってしまうような、飲み込まれて消えてしまうような気がする。

それは、自分の中の深いところに巣くう闇に似ていて。

自分はそれに負けない自信はあるのに、それはもしかしたら勘違いで。すでにそこに、自分は囚われていて。

この深い闇の中へ、引きずり込んでいるのではないか。

自分こそがブルーを奈落へと突き落とす張本人なのではないか、と。

そんな風に時折、不安になることがある。

不安を顔に出しているつもりはないが、ブルーは自分のことには無関心なくせに、他人の気持ちの変化にとても敏感で。

案じているはずの本人に、慰められてしまうのが。情けないところではある。

そう、結局。それは今日も。

 

 

「キース、帰り支度はもういいのかい?」

「あぁ、待たせた」

「うん、では行こうか」

ブルーの後ろ姿を見つめたまま、立ち止まってしまっていたキースに。振り返ったブルーがにこやかに笑いかける。

途端、闇に溶け込んでしまいそうな儚い後姿が。急激に形を成す。

その笑顔は、先ほどのようにからかうようなそれではなく。

親愛のものであると、少なくともキースにはそう思えた。

それだけで、キースはどれだけ救われていることだろう。

彼が傍で笑っていてくれたら、他になにもいらない。

少し前の、自分からは。考えられない感情。

すべてが自分のものでなくては、気が済まなくて。

自分が一番上に立っていなくては、落ち着かなくて。

その為に、あらゆる努力を惜しまない。

そうしてずっとずっと、生きてきたはずだったのに。

そのすべてを失っても構わないと思えるほど、ブルーの中に何を見たのか。

答えの出ない疑問が、浮かんでは消える。

それは少し、憧れにも似ているのかもしれない。

ジョミーのように、わかりやすいそれとは違うけれど。

確かにブルーは、キースの求める大きな力を。その身に秘めているような気がするから。

「とても、そうは見えないがな……」

「どうかしたかい?」

「いや、何でもない」

そして、憧れは時として強い愛情に変わる。

追いつきたい、並びたい、追い越したい。

そうやって、追いかけているうちに。

自分がただ、その人のようでありたいのか。その人自身を手に入れたいのか。

境界線が、曖昧になっていくのだ。

キースだって気づいている。

ただの憧れだと言い切れない、その理由を。

今日というこの日、この胸の中に生まれた感情が、如実に示していたのだから。

そう、ブルーがフィシスから受け取った。

みんなの中の、ひとつ。

ただそれだけのものに、あまりにもキースの心はざわめき過ぎた。

 

 

付き合いの長いフィシスが、ブルーの好みを知っていることは明白で。

だからこそ、彼にだけ別のものを渡したのだということもわかるのに。

特別な感情というよりは、ただそれぞれに好きな物を。という配慮であるだろうことも、頭では理解しているのに。

それなのに。

ただそれだけのことが、気にかかって仕方がなかった。

フィシスはブルーにとって、一番近しい女性であることに変わりはないし。

自分よりが隣に並ぶよりは、遥かに絵になることも事実で。

何より、ブルー自身の気持ちがわからない。そのことが、一番の原因だろうと思う。

いつでも、誰に対しても、穏やかに微笑んでいることが圧倒的に多いから。

誰を好きで、誰を嫌いか。

単純で、そして一番知りたいところが。全く読めないのだ。

嫌われてはいない、そうは思えても。

好かれているかどうかは、わからない。

ブルーと親しくしている誰に聞いても、そんな回答が返ってくるのではないかと疑いたくなるほど、誰に対しても

対応が変わらない。

それはもしかしたら、すべての人を好きでいる。

などという、自分とは正反対の、ものすごく心の広い証拠なのかもしれないが。

それこそ、その中で「特別」になるには、相当の努力がいるような気がする。

大好きな「みんな」の中の一人ではなく、ブルーの「特別」な一人。

キースは、その場所にいたいのだ。

 

 

「……聞いているかい?」

「あ、あぁ…いや」

「そんなに疲れるほど、走り回ったのかい?若いっていいね……」

「なんだ、その台詞は……本当に年齢不詳だな、お前は」

「少なくとも、君よりは年上だよ?」

「そういう意味ではない。それで、何だ?」

「ん?」

「何か、話している途中だったんだろう。聞いていなかったのは、悪かったな」

「大したことではないから、大丈夫だよ。ただ、今日は僕と下校でよかったのかな?と聞いただけだ」

「……?問題ないが、どうしてだ」

むしろ、こうやって一緒にいられる時間が増えたことに感謝こそすれ、疑問に思われるようなことはない。

キースが、嫌々誰かと一緒に帰るなんてことをするタイプではないことも、知っているはずなのに。

どうしてそんな問いが放たれたのだろうか。

理解しかねるままに、問いかけた言葉に帰ってきたのは。

ブルーにしては珍しい苦笑と、呆れた様な表情だった。

「だって今日は、バレンタインだろう?」

「だから、それが……」

どうした?とまで言葉にする前に、ブルーの問いかけの意味を理解する。

チョコレートを渡してくれた「誰か」と、一緒ではなくていいのか。

そういう意味だろう。

その問いは、ブルーが自分の一番であるキースにとって愚問過ぎて。考えもつかなかったが。

確かに、世間一般的にその疑問は存在してしかるべきだった。

むしろ、キース自身がブルーに問いかけるべき言葉だったのかもしれない。

フィシスと。いや、もしかしたら他の女子生徒と。

帰らなくてもよかったのか、を。

「おやおや、しばらく彼女はできそうにないな」

「……そんなもの、興味ない」

「そうなのかい?」

少しだけ意外そうな顔をして、首を傾げるブルーの姿に。気持ちが伝わらないもどかしさが、募る。

彼女なんて、存在など。

必要ない。興味もない。

ただ、ブルーが傍にいてくれさえすれば、自分はそれでいい。

そう告げたいのに、言葉に乗せることがどうしてもできない。

今のこの関係が、壊れてしまう。

この気持に返ってくる答えが、自分の望む以外のものかもしれない。

それ以上に、聞きたくない答えが示されるかもしれない。

そんな事が、怖いとでも言うのだろうか。

キース・アニアンともあろう者が。

「お前こそ、どうなんだ?」そんな一言さえも、言葉に乗せられない。

いつの間に、こんなにも臆病になってしまったのだろう。

そして、いつの間に。こんなにもブルーが大切になったのだろう。

 

 

もやもやと、自分の世界に入ってしまっていたキースのうつむいた視線の先に。

突然、小さな箱が差し出された。

「……え?」

「君の、欲しがっているもの。だといいんだけど」

「ブルー…?」

「マツカのように手作りではないけど、ね?」

今日という日。そして告げられた言葉。

かわいいリボンのかけられたそれが、キースの望むものであることは明らかで。

手のひらにぽんっと乗せられた、小さな小箱と。

目の前にある、ゆるぎない優しい笑顔が。

幸せの形を、間違いなく証明していた。

「……っ、十分だ」

衝動に任せるように。その笑顔ごと、ぎゅっと抱きしめる。

何故だろう、嬉しいのに。たまらなく、泣きそうになる。

だから、それを見られまいと。余計に。

きつく、きつく。

きっと苦しいだろう、そうわかっているのに。

この胸の中から出したくなくて、力を緩める余裕もない。

そんなキースの背中を、ブルーが優しくぽんっと宥める。

憧れだけではない感情が、とめどなく溢れるのはこういう時。

このまま、時が止まればいい。

似合わない、非科学的な願望さえも、湧き上がり。

それは、消えることなく。どんどん大きく膨らんでいく。

それを包み込んでくれる、存在を。胸の中に、確かに感じながら。

キースは、幸せの記憶を閉じ込めるように。

そっと、瞳を閉じた。

 

 

END

 

 

 

【反省文 By霞】

もー、時期を逸してしまって久しいです。むしろホワイトデーの方がはるかに近いです。
それでも、バレンタインだと言い張ります(笑)
そして、あたしが書くと。どうもキースが徐々にへたれていく気がする…おかしいな…。
若干、ドラマシアターの続きっぽく始まってますが。
聞いていない方にもそんなにわかりにくくはなっていないと…いいなー(願望)

ではでは、ありがとうございました〜。




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