時々考えてしまうこと。

執事とはどういう職業なのだろうか、と。

世間一般的に言うのであれば、主人に忠誠を誓い、主人の補佐や家政の指揮などを

行う職業。

あるいは財産管理などを行う場合もある。

分かってはいるのだが、どうしても首を傾げてしまうのだ。

「何か、文句が?」

どこか不服そうな少女の言葉に、心外だといわんばかりに問い返す『彼』。

言葉ほどその口調に怒りといったものは感じられない。

どちらかというと、どこか楽しそうな声音である。

「ない、といえば嘘になるでしょう」」

目の前で、悠然と微笑んでいる『彼』に対して、ため息混じりに返答を返す。

『彼』が仕えている屋敷の庭。外壁近くに置かれている東屋で。

「私から言わせていただくと、本来なら就寝時刻であるはずのこのような時刻に

メイドが屋敷の外にいることも問題だとは思いますが?」

東屋に置かれた小さなテーブルには、真っ白なクロスが敷かれている。

そのテーブルの上に置かれているのは、銀細工のティーポットとカップ。

それを前に座っている少女の手には、焼き菓子の入ったバスケットが握られている。

「・・・・・星がきれいだったので」

だから、お茶会をしようと思ったのだと。

紺色のワンピースに白のエプロン。普段は着用を義務付けられている白の帽子は

つけられていない。

邪魔にならないようにと普段は結ばれている髪も、今は無造作に放置されている。

彼女自身もまた、この館に仕えるメイドである。

「執事としては、即刻部屋に帰って休むように怒るのが義務でしょうし、それを実行

して差し上げてもよろしいですが」

「問題はそこでしょうか?」

再び首をかしげる。

別にメイドのモラルや執事の何たるかを問いたいわけではないのだ。

彼女の言いたいこと、それは・・・・。

「せっかくのお茶会を台無しにしているという自覚・・・あります?」

「・・・・・・ああ」

どこか困惑を浮かべた彼女の言葉に、何を言いたいのかを悟る。

「コレ、のことですか」

「そうです」

男の足元に倒れている、すでに人の原形をとどめていないもの。

周囲を包む夥しい血の匂い。それまでその東屋に漂っていた紅茶とお菓子の香りを

一気に消し去ったその匂いに対して不快感を覚えなくない。

「ここは敷地の端ですから、ご主人様やお嬢様に匂いが届くことはないと思います

けど、でも・・・・」

バスケットをテーブルの上において、そして『彼』を改めて見つめる。

きっちりと着こなされているスーツ。

業務時間外だからか、いつも彼がしている白い手袋は今ははずされている。

それだけを見れば、執事として完璧といえなくはないのだが。

「人を、館の敷地内で殺すのはどうかと」

暗いため目立たないが、彼の服についている夥しい量の血。

そして、いつもは手袋に包まれているその手を濡らす真っ赤な血。

彼女の指摘に、ふと自分の手を見る。

「敷地内でなければ、文句は言われないのでしょうか」

胸ポケットに入れてあるハンカチを取り出して、手についた血を軽く拭う。

そして、ふと彼女を見て微笑む。

「貴女のお茶の時間を邪魔したことに対してはお詫びいたします。麗しい女性に

見せる光景ではなかったですね」

わざとではないのだと。

たまたまここで、遭遇してしまい、そしてたまたまそこに彼女がいたのだ。

全ては偶然のなせる業。

「麗しくはないですし、邪魔をしているのは事実ですけど、でも偶然、というには

それ以前の問題があるのではないですか?」

「・・・・・私は、執事ですから」

ふわりと、その顔に優しげな笑みが浮かぶ。

館のメイドに騒がれる甘い笑顔。

主人に気に入られていて、そしてお嬢様を虜にしている笑顔。

「この館の平穏を守るのも、私の勤めでしょう?それを全うしただけですよ」

「・・・・・」

「もう少し補足しておきましょうか?」

ぱさりと、手をぬぐったハンカチが、倒れている男の上に落とされる。

「この男は、ご主人様の元仕事仲間です。恨みを晴らすためにこの館に侵入して

きました」

彼の胸を貫いているナイフ。背中まで到達しているそれは、彼自身が持って

きていたものだ。

「もちろん、そんなことさせるわけにはいきません。本当は館の外で、と思って

いたのですが少々仕事が長引きまして。ここまでの侵入を許してしまったのは私の

責任ですが」

そこが、ちょうど東屋の前だったのだ。

そして、彼女がいた。

「いつもこんなことをしているのですか?」

「・・・・・・」

返答はない。けれど、わずかに浮かんだ笑みがそれを肯定しているといえた。

人当たりがよく有能。厳しい面もあるが、決して無茶は言わない。

身分的には下のほうに位置している彼女が、『彼』と会話をすることはほとんどと

いっていいほどない。

同じ屋敷内で働いているとはいっても、顔見知り程度のものだ。

そんな彼女でも、『彼』に対しては好印象しかなかった。

けれど今、上からも下からも好かれているこの執事の、本当の人格を垣間見た

ような気がした。

「とりあえず」

ふうっと大きく息を吐いて、そしてティーポットを手に取りカップに注ぐ。

ふんわりと香るのは薔薇の香り。

「ローズティーですか?」

「少し香りが強いですが、今はちょうどいいかもしれませんわね」

彼女の周りの血の匂いがわずかだが弱まる。

そして、もう一つカップを準備して、それにも同じ紅茶を注ぐ。

「いかがですか?ご一緒に」

「・・・・いいのですか?」

「共犯者になっていただかないと困りますので」

彼が立っている前に、紅茶を置く。

一メイドが、深夜に館の庭でこんなことをしているのがばれたら、叱られる

どころではすまないだろう。

そういう意味では、最初に『彼』が言った言葉が正しいとも言える。

「ああ、でもそれは先に片付けてくださいね。お茶会の雰囲気と気分が壊れます

ので」

「・・・・・」

椅子に座りなおした彼女を見て、そして倒れている男のもとへしゃがみこむ。

「共犯者になっていただくのは、私のほうですけどね」

軽々と男を抱き上げた『彼』を見る。

「捨ててきます。戻ってきたらお茶を頂きますよ」

「・・・お待ちしてますわ」

にっこりと微笑んだ少女に、その顔をしばし眺める。

「一つ、聞いてもよろしいですか?」

「はい?」

かわいらしく首をかしげる少女に、小さく笑って言葉を続ける。

「貴女は、何者ですか?」

「・・・・・」

改めて問われたそれに、さらに疑問の表情を深くする。

「アクア・シェラザール。深夜にこんなところにいるだけではなく、目の前で人が

殺されたにもかかわらず顔色一つ変えない、悲鳴も上げない女性が、ただのメイド

とは思えませんが?」

「・・・・・」

先程までの報復だろうかと思ってしまう。

なかなかひどいことを言われているのだということは分かっていた。

名前を覚えていてもらえたことに対する驚きもあったが、執事であれば館内の全てを

把握しているものだろうと納得する。

「ただのメイドですわ。・・・・貴方が執事であるのと同じように」

にっこりと、言葉を返す。深く返答を考える必要もないだろうと。

それが、事実だから。

「そうですか」

頷いて、そして歩き出す『彼』を見送る。

まだわずかに血の匂いが残るその場所で、一人残された彼女はため息をつく。

「ただの執事、ただのメイド。言葉なんて信用できないものですね」

くすくすと笑ってしまう。

夜空に広がる満天の星。遠くに見える館の明かりは全て消えている。

距離と木々の関係で、この東屋に灯る明かりが見られることはないだろう。

とりあえず、今の自分たちはこの館のメイドで、執事で。それだけなのだ。

今夜の出会いが、今後自分たちの関係をどう変えていくかは分からない。

けれど、それは先のこと。

赤い紅茶を眺めながら、早く彼が戻ってこないだろうかと考える。

お茶が冷めてしまう前に。焼き菓子が、冷たくなる前に。

 

 

 

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とりあえず、なんというか・・・自分で言い出したとはいえ、テーマ「執事」というのは無謀でした。
だって、ネタがないし(笑)
執事とお嬢様の身分違いの恋とかは好きなんですが、恋愛話は得意ではないので。
というわけで、人を殺してみました(←おい!)そしてメイドも出してみました。
二人ともちょっと変わっています。
でも、このぐらいの方が面白いと私は思うのでいんです。というか、書きやすかったから・・・・・。ね?(誰に言っているのやら・・・・)