雨の夜はいい。

この飢えた心を誤魔化してくれる。

欲望を叩き起こしてやまない月を、隠してくれる。

愛する人を、連れて行かない強さをくれる。

透き通るような肌に溶け込む純白のドレスと。まるでそこにだけ血が通っているようにも思える

真紅の唇。

その唇からは規則的な吐息が漏れ、彼女の眠りを知らせていた。

大切なモノを壊してしまわなくても済むことに安堵し、やわらかな髪に恐る恐る触れて。

それを最後に、ここを去る決心をした。

 

雨音が彼女の目を覚ましてしまわぬようにと祈りながら、そっと窓を開ける。

ゆるゆると雨は優しく降り続く。

約束の日。

今日のこの日に、止まない雨を与えてくれた。

遠い昔に裏切った自分を、それでも包んでくれようとする神に、感謝を捧げたいと思う。

「幸せに」

彼女の顔も見ることも出来ずに、つぶやいた言葉は震えていた。

涙が零れない様に、雨のせいだと言い切れる様に、空を見上げて組んだ手は、祈りの形にも

似ていて。

けれど、その手から伸びる黒い爪は人間のそれとは違う。鋭い獣のようで。

この手で人の命を奪うだけの存在である自分が、幸せになれるはずがないことを思い知る。

ゆっくりと瞳を閉じて、自分の身体のイメージを人型から空を飛ぶためのものへと変化させていく。

次の瞬間、1羽の漆黒の蝙蝠が雨降る夜空の中へ消えた。

「・・・酷い人。一緒に堕ちてもくれないのね」

真紅の唇から漏れ出した言葉と、閉じられたままの瞳から零れ出す涙に気付かないまま。

 

 

「じゃあ、約束ね」

するりと、人を傷付けることしか知らないその指に躊躇なく自分のそれを絡ませて、彼女は微笑む。

満月の夜だった。

襲い来る空腹感と本能に抗えず、この身体を呪いながらも獲物を探して彷徨っていた自分を、自ら

呼び寄せた彼女の瞳が一生開かれることが無いことを知るのに、そう時間はかからなかった。

そうでなければ、自分に恐れを抱かないわけがない。

「いつの日か、この約束を必ず後悔することになる。その時俺は、お前を救えない」

「しないわ、後悔なんて。自分で決めたことだもの」

約束を交わした日は、出会ってからすいぶん経ってからだったように思う。

出合った頃小さな少女だった彼女が、数日後に結婚を控える歳になっていた位には。

彼女と会うのは、いつも出会った日と同じ満月の夜。

不思議なことに満月の夜になると心をさいなむ、あの激しい空腹感と本能をもってしても、彼女のこと

だけは食事として見る事はできなかったから。

彼女と会うことで自分はずいぶん救われていた。

 

千年に一度だけ現れるという、幻のブルーローズ。

一族に伝えられる、悲しみの連鎖を止められるという青い薔薇。

自分にとってのそれは、間違いなく彼女だという確信があった。

だけど、それを試すためには。

彼女が純潔である内に、その白い首筋に牙を突き立てなくてはならなくて。

彼女の命と引き換えに自由を手に入れても、それは自分にとって意味のないことで。

ずるずるとここまで来てしまったけれど。

次の満月の夜に会う時には。きっと彼女の純潔は失われているはずで。

ブルーローズでなくなった彼女を前に、その時自分の本能を抑える為のすべが、どうしても見つからなくて。

自分の正体を明かすと同時に、「会うのは今日で、最後にしよう」と、そう言ったのは自分からだった。

けれど、彼女の出した答えは違っていた。

「それなら一緒にどこか遠くへ逃げましょう」と、その優しい言葉がずっと頭に響く。

自己犠牲の元「どうぞ殺して下さい」でも、自己保身の元「そう、じゃあさようなら」でもなく。

その言葉だけで、もう十分だと思った。これ以上、彼女に甘えることはできない。

「ありがとう・・・」

「命が続く限り、一緒にいましょう。そして私の命が尽きるその瞬間。あなたの牙で最期を迎えさせて」

「俺は、君の幸せを壊すことしか出来ない」

「大丈夫、私は幸せになれるわ。あなたが、迎えに来てくれるのなら」

そうして交わされた優しい優しい約束は、守られることはなかった。

 

 

満月の夜。

欲望のまま狩りに出る一仲間たちを見送って一人歩く。

誰も立寄ることのない廃墟となった屋敷の前で立ち止まり、3階のとある部屋を見上げる。

今はもう誰もいなくなったこの屋敷にいた、心優しい彼女に思いを馳せて。

あれからどの位の夜を過ごしたのかもわからない。本能のままに、何人の人間を手にかけたのかも。

やがて空は、ゆっくりと黒い雲で月を隠し。

あの時と同じように、ゆるゆると雨を落とす。

涙のように雫が頬を濡らしても立ち去ることが出来ないでいる自分に、そっと傘が差し出される。

驚いて振り向いたそこには、彼女に似た少女が微笑んでいた。

一つだけ違っていたのは、彼女の瞳は大きく開かれていて。

自分のこの呪われた姿を捕らえた上で、それでもあの時と同じ言葉を紡ぐ。

「大丈夫、私は幸せになれるわ。あなたが、迎えに来てくれるのなら」

「その言葉、どうして・・・」

「探し出すの、すごく苦労したんだから。今度こそ、約束守ってもらうわよ」

そうして差し出された手には、彼女の瞳と同じ深い青の薔薇が握られていて。

恐る恐る彼女とブルーローズに触れたその手に、もう黒く鋭い爪は存在していなかった。

 

 

 

 

 

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がぁー!!やっと終わった・・・。
もうほんっと長い戦いでした(笑)

あれだ、何も考えず書き出してもそうそう話は浮かんでこないと、そういうことです。
全体的な流れとまではいかないけれども、軽く設定位は考えてから書かないと大変なことになると
いうことですね(ぐったり)

しかも、あたしラブストーリー的なのは苦手なのに・・・なんでこうなったんでしょう??
(ラブストーリーじゃねぇだろ、これは。とか言わないように)

それでも、テーマ全部入れきった自分に拍手(笑)別にどれか一つでいいと言われていたのに、なんで
むきになって全部入れたのか意味がわからん、私。

ではでは、読んでくださってありがとうでございまする〜。