空に赤い月が現れてから、この世界に太陽は昇らなくなった。

旅人を優しく照らす、やわらかな月の側に寄り添うように、突如現れたそれは。

いつしか、元々あった月を侵食して。食いつぶし。

この世界の月は、赤へと変化した。

瞬いていた星々も、それと共に姿を消し。

朝は二度と来なくなる。

そしてそれと対を成していた、夜という存在さえも。

責めるような赤の光だけが、この世界のすべてになり。

やがて「ヒト」は滅びた。

 

「ねぇ、太陽を見てみたくない?」

「太陽?」

「そう、あの建物に登ると太陽が見られるそうよ」

少女が指差す方向を見上げる。

自分達の住む集落から、ぎりぎりその影を捕らえられるかどうか。

近いというには遠く。

遠いというには近い。

そんな距離にそびえるその建物には、はるか昔「ヒト」の王が住んでいたという。

傾き、崩れ落ちそうなその鉄の塊はそれでも。

天に伸びる『太陽を戴く城』と呼ばれていた。

「迷信でしょ」

呆れた様に、目を輝かせる少女へ視線を戻し。

そのまま仕事を進めるために、止まっていた手元へと視線を落とす。

「もぉ、姉さんたら。一番迷信を大切にしなきゃいけない神官サマが、そういうこと言っちゃう?」

「あなたこそ、現実主義である薬師の台詞とは思えないわね」

即座に返される言葉に、それぞれ視線を動かすことは無かったけれど。

二人の姉妹はそれでも。

打ち合わせをしたように、ほぼ同時に笑った。

 

暗い森の中に存在する、ダークエルフの集落。

赤い月が現れてから。

太陽が消えてなくなってから。

世界には、闇に生きるモノだけが生き残った。

魔の者とはいえ、争いを好む種族ではなかったから。

それまで遥か長い間、ひっそりと隠れるように生きてきた、この集落の者たちにとって。

「ヒト」にとっては、不吉で災いを呼ぶその月は。

ずっと待ち続けてきた時代をもたらす、幸福の象徴だった。

そんな朝の無い時代が到来したと同時に生まれた、双子。

ダークエルフという種族に、双子はめったに生まれない。

その上、姉は予言能力に長け。

妹は同種を治癒する能力に長けていた。

やがて二人は、それになぞらえ『赤月の姉妹』と呼ばれ、集落の守り神として奉られる存在となっていった。

長寿であるダークエルフの中で、百年弱しか生きていないまだ歳若い二人が。

その地位にいるのは、それ以来子供が生まれていないからということもある。

もともと出生率の高い種族ではない。

長寿である代わりに、新しい命も生まれにくい。

けれど、百年以上も子が生まれないなどということは、これまでなかったことで。

光に生きるモノに、闇夜が必要なように。

闇に生きるモノにだって、本当は太陽の光が必要で。

「ヒト」の次に滅びるのは、自分たちかもしれない。

最後の子。

それは、集落の誰もが心の奥底で感じている予感で。

真実だった。

 

「なんか、みんな泣きそうだったわね」

「じゃあ、戻る?」

「まさか!ここまで来て帰るなんてありえない。絶対に太陽を見るんだからね」

「どう見ても、ここに入ったからって太陽が見れるとは思えないけど」

見上げる建物は、とても『太陽を戴く城』と呼ぶに相応しいと思えない。

どちらかというと『闇に愛された城』とでも呼んだほうがいいほどの。

黒い雰囲気をまとった、錆びた黒い鉄の塊。

城というよりは、塔と呼ぶ方がまだしもしっくり来るような。

今にも崩れ落ちそうなその建物は、確かに天に届くほどの高さだけはあった。

「行くわよ、姉さん」

輝く瞳で、勢い勇んで今にも走り出しそうになりながら。

それでもしっかりと握って離さないその手が少しだけ不安に揺れていることに気付き。

仕方ないわね、と苦笑して。

その手を握り返して、城へと足を踏み入れる。

薄暗いその中を、ゆっくりと上っていくほどに。

太陽から遠ざかっているような気持ちになる。

闇に生きる身としては、それは決して不快なことではなかったけれど。

それでもこの空間がまとう空気は、闇というよりは無に近くて。

かつて「ヒト」の王が住んでいたとは信じられないくらい、生き物の気配がなかった。

そう、朽ち果てた城に入り込む小さな虫や、どこにでも生息する強い雑草の気配さえも。

 

「太陽を戴く城・・・ね。あながち間違ってはいないのかもしれないわ」

感想が小さな言葉になり、一歩前を進んでいたその後姿が振り返る。

「どうしたの?姉さん」

「この城、きっと太陽がないと駄目なのよ」

「どういうこと?」

「日の光がなければ、誰も何もこの城では生きていけない。どういう仕組みなのかはわからないけれど」

これほど、光の下で生きる「ヒト」の王に相応しい城はない。

光がなければ、すべての機能が停止する城。

何も受け付けない、孤高の存在は。何故だかとても悲しみに満ちているようで。

ここに住んでいた王も、もしかしたら幸せではなかったのかもしれないと。

そんな感情が、ふとよぎる。

「ならきっと、太陽は見れるわね」

「この状態を見て、どうしてそうなるの・・・」

「だってこの城は、まだ駄目になっていないもの。こんなに崩れそうになってるのに、それでもしっかり

大地に立ってる」

外見は崩れそうに見えたのに、中はとっても丈夫そうだもの。

言葉を続ける明るい笑顔に、双子なのに思考はいつも対称的だと笑みがこぼれる。

まるで太陽と月のように。

そしてそれがいつも、自分の救いになっているのだ。

 

太陽を求めて。

導かれるように、引かれるままに最上階に辿り着く。

突然開かれたそのフロアには、たった一つ。玉座だけがぽつんと佇んでいて。

赤い光がまるでスポットライトのように、それを照らしていた。

見上げた天井は、そこだけがガラス張りになっていて。

ちょうど赤い月が、その中心に存在していた。

きっと、太陽が消える前の時代は。

うわさに聞く、青い空や白い雲。

そして眩しい太陽の光が、ここから「ヒト」の王が座る玉座を見守っていたのだろうことは想像に難くない。

けれど、この建物のどこにも太陽は存在しない。

「やっぱり太陽なんてないのよ。満足した?」

「ううん、太陽は見れるわ。ここで間違いない」

やけに自信あり気な言葉に、不安がよぎる。

大切な自分の片割れが、どこか遠くに行ってしまいそうで。

ガラス越しに赤い月を見つめたまま、動かないその腕を思わず掴む。

「姉さん?」

「帰りましょう。みんなも心配してるわ」

「いい大人が、みんなして泣きそうだったものね」

くすくすと笑みを零して、視線を赤い月から自分とそっくりな顔へと向けて。

その表情が、集落のみんなと同じ。

不安そうな悲しそうな、複雑なものであることに気付く。

生まれた時からずっとずっと一緒に生きてきた。

両親は二人が小さい頃に、永い眠りについてしまったから。

二人きりで、最後の子という視線にさらされながら。ずっと。

だから、もしかすると。わかってしまったのかもしれない。

これから自分がすること。

これから世界に起こること。

 

「もう、いいでしょう?」

「ごめんね、姉さん」

そっと手を取って、両手で包み込む。

瞳を閉じて、額に押し付けられたそれは。祈りの形に、懺悔の形に似ていて。

いたたまれなくなり、手を振りほどく。

「何を謝るの?私を無理矢理連れてきたこと?それなら別に、嫌々付き合ったわけじゃないわ。太陽が

見れないことはわかっていたことだし」

不安を打ち消したくて、必死に言葉を並べる。

こんなにも自分が不安を感じているのに、当の本人がずっと微笑みを絶やさないことに。

漠然とした思いが、確信に変わっていくことが怖い。

「違うの。確かに無理矢理連れてきてしまった事は悪いと思ってるわ。でも、姉さんには一番最初に

見て欲しいから」

「何を・・・?」

「太陽を」

言葉とともに、玉座に座るその姿を止められなかった。

本当に一瞬のことだったから。

ガラス張りの天井が砕け、何故か玉座だけを目指して無数の剣となって振り注ぐ。

赤い月を映したままの大きな欠片が、その身体を貫くのが。

スローモーションのように、はっきりと見えた。


 

「菊華っ!嫌ぁぁぁぁぁぁぁっ」

我に返って駆け寄ろうとした身体は、突如現れた男の影に遮られた。

その男に両肩に軽く触れられただけで、腰が砕けた。

そのままどう足掻いても、立ち上がることができない。

玉座が月とは違う赤で染まって。

ゆっくりと、そこに男が近づいていく。

やめて!その子に触らないで!!

叫びたいのに、声も出ない。

「ど・・・ぅか、太陽を・・・」

いつも明るい声が、消え入りそうに弱い。

なのに、どうにも出来ない自分がもどかしくて。

涙ばかりが溢れてくる。

『契約は受理された。そなたの願い、叶えよう』

男がうなずき、玉座からその身体を抱き上げる。

そのまま空へ、あの赤い月へ、連れて行こうとしていることがわかったから。

もう二度と声が出なくてもいい。どうか、この一瞬だけでいい。

「どうして、どうして、どうして・・・っ」

貴女が、犠牲にならなくてはいけないの。

見上げた先の満足そうな表情に、言葉は続かなかった。

「この、役目が・・・私でよかった。だって、私たち双子だもの・・・私が消えても、きっと姉さんが・・

太陽を見て、くれるでしょ」

だったらどうして、その役目は私じゃないの?

どうして、太陽にあこがれ続けていた貴女が。太陽を見られないの?

「いいの、私は・・・姉さんに、太陽を見せたかった」

その言葉を最後に、男は大切な片割れを奪い去る。

 

消えてしまった。

喪失感を感じる暇もなく。空が切り開かれていくのが見えた。

扉が開くように。眩しい光と、見たこともない青が広がる。

「太陽はまるで、菊華。貴女みたいよ・・・」

小さなつぶやきと共に、崩れ落ちるように気を失う。

どれ位、意識がなかったのかはわからない。

目を覚ました時、輝く太陽を背に。

心配そうに、自分を覗き込んでいる「ヒト」の男が最初に飛び込んできて。

その人が、きっと困るであろうことはわかっていたけれど。

溢れる涙を抑えることが、出来なかった。

 

 

 

END

 

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長いっ・・・すいまっせん(笑)

なんかこう、長い間創作系を書いてなかったので、最近になってリハビリ期間が終了でもして、書き慣れてでも
きたんでしょうか。めったやたらにページ数がかさむんですけど。書くのは相変わらず遅いですが・・・。

しかも無理矢理終わらすから、微妙になんかいろいろ謎が残ったまま、解決できないという・・・なんともヘタレた感じに(涙)

誰だよ、あの迎えにきた兄ちゃんは!(わかんないのかよ・・・)
妹=菊(太陽)姉=烏扇(月)から名前取って。ホントは姉と妹が逆で、連れて行かれちゃったほうがお姉さん。みたいな裏設定を考えていたんですが。どこにも出てません(おい)

じゃあここに書かなきゃいいのに(笑)

長々とお付き合い、ありがとうでした。