『水のない海』

それが、この白砂しか存在しない大地の名称で。

どこまでも続く砂の上に横たわる残骸たち。

その化石によって辛うじて、この場所にかつてあったであろう青い景色を思い起こさせる。

海に沈んだ都の話は、伝説となって今も冒険者達の目指す場所となっているのに。

海の底から地上に晒された都の話は、枯れ果てた水と共に人々の記憶から消されていった。

そして、この枯れ果てた大地こそが。

俺にとって世界の終わりで。始まりだった。

 

真っ暗な部屋。床に刻まれたわけのわからない模様だけが淡く光るその空間で。

8人の賢者達が、俺を取り囲んでいる。

それが俺の一番最初の記憶。

ぼやけた視界と、状況把握能力の皆無だったあの時には、やつらが賢者と呼ばれる存在だということなど

わかるはずもなく。

それと知ったのは、ずいぶん経ってからだったように思う。

「新たなる生命の息吹を、我が手より」

言葉を発して、虚空を見つめる俺の頭にその一人が触れ、それに続くように両目、両耳、両腕、両足、胸、

背中とまるで身体を分け合うように、一人一箇所ずつ触れていく。

触れられるたび、身体がおかしくなって行くのは感じ取れたが。

自分の意思で動くことは出来なかった。

やがて最後の一人が、その手に握る一丁の銃を差し出し。

無意識のうちに動いた両手がそれを握ったその瞬間。

意識は途絶えた。

 

次に目が覚めた時。

目の前に広がっていたのは、真っ赤な血の海だった。

真ん中に立つ俺を取り囲んでいた8人の賢者達が、表情をなくして倒れている。

床に刻まれた模様がそれを吸って、少しずつ消えていく。

すべての命を吸い取って、掻き消えた模様と共に俺は自分の自由を知る。

身体が動く。

重たい足をゆっくりと動かし、向かう先はこの赤い海の先。

この空間に一番合わない天使のような微笑を浮かべ、悪魔のように手を差し伸べている主の手を取るために。

頭ではわかっていた、その手を取ってはいけないと。

なのに、自由になったはずの身体は、縛られるためにその手を求めた。

導かれるように、逆らえない何かに引きずられるように。

周りに溢れる赤よりも、もっとずっと鮮やかな赤い唇が紡ぐ言葉は。

俺の世界のすべてになった。

 

「何がそんなに悲しいの?」

目の前でゆっくりと崩れ落ちていこうとする少女は、その身を赤に染めながらそれでも。

俺のことを心配するように、苦しそうにその手で俺の頬に触れる。

その瞳には慈愛で満ち溢れていて。

戸惑いと共に、思わずその身をこの腕の中に受け止めた。

あの時、俺の世界が始まった瞬間からこの時まで。

俺の事を見る目は、いつも恐怖と絶望の色ばかりで。

こんな風に誰かに与えられる何かに、慣れていない。

任務中に言葉を発する事は禁じられていたけれど。

絶対の命令を破ってしまえるほどの力を、その瞳は持っていた。

「悲しい・・・?」

「そんな顔をするほど嫌なら、我慢しなくてもいいのよ」

「俺には命令を拒否する権限はない」

「そう・・・」

澱みもなく定型句を紡ぎ出す俺の言葉に、悲しそうな表情を見せた少女が咳き込む。

その唇からこぼれ出す大量の血液を止めたくて。

自分が傷付けたはずのその身体に、何をしていいかもわからず。

結局何も出来ない自分に気付くことだけが、俺に出来るすべてだった。

瞬間、少女の頬に雫が落ちる。

「・・・何だ?」

雨でも降ってきたのかと見上げた空には、海が広がっていて。

この場所が、海の底だと思い出す。

 

深い深い海の底。

ここには古代から、青の一族が住む。

街と呼ぶには狭く、村と呼ぶには広いこの空間は、大きな透明なドームに守られるように存在していて。

居住区間に水が入ってくることはない。

ただ、地上に住む人間と違って青の一族は「空気」を必要としないから、この空間にそれは存在しない。

俺の主が今まで屈服せず抵抗する青の一族への攻撃を、実行できなかったのはそのためで。

その一族を根絶やしにするために、この場所に来た俺のすべきことは一つしかなかった。

「泣かないで」

苦しそうな表情で、少女は俺の頬をその手で拭う。

その行動で初めて、雫は俺自身からこぼれていたことに気付く。

少女の手はもうずいぶん冷たくて。

暖かさを与えられないのに、思わず手を添えた。

「泣く?」

その意味がわからなくて、首をかしげた俺の冷たい手をそっと握り返して。

少女は微笑んだ。

それは主のように、俺を惑わす作られた天使の微笑ではなく。

愛に満ちた、本物の。

「ごめんね、あたしには貴方を救う時間がない」

「・・・・・」

「だけど、一つだけ。あげられるものがあるわ」

「もう、話すな」

どんどん苦しそうになっていく表情に、出てきた言葉は。

今まで使ったことのない、誰かのためのもので。

変わっていく自分の感情に、恐怖を覚える。

そして、目覚めた瞬間からたくさんの赤を生み出してきた、身体の一部ともなっていた銃を奪われていた

ことにも気付かなかった。

「自由を」

最後の力を振り絞るように込められた言葉と共に。

一発の銃声が響く。

 

少女から突然力が抜けていくのを感じながら。

呆然と見上げた空から海が降ってくるのを、ただただ見ていた。

空を打ち抜いた銃は、ごとりと握る力をなくした少女の手から落ちる。

きっと作られた存在である自分のすべては、あの8人の賢者達に触れられた場所と。

あの銃で保たれている。

与えられた力が一つでも欠けたらどうなるか。

わからないわけではなかったけれど。

どうしても、それを拾うことは出来なかった。

きっともう、誰も何も撃てない。

ぎゅっと冷たくなっていく少女を抱きしめて。

「自由を」

少女と同じ言葉を紡ぎ出し。

枯れ果てるまで海を吸いつくし、白砂が音のしなくなった青の一族が眠るこの場所を隠してしまうまでの

長い長い間。

俺はこのまま、青に飲まれることを選択した。

自分の意思で。

 

 

END

 

Reflection
く、暗いっ・・・。夏らしくない。もう、どうしよう。
でもでも、ラストから冒頭にアレつながりますから。あれ?そうするとそれはそれで悲しいか??
いやいや、あたしは基本ハッピーエンド派ですからね!
主人公くんは、きっと自由になって幸せに生きてるんです。きっと(どんなフォロー?)
女の子もね、出会い頭にイキナリ自分を撃ち殺してきたヤツを助けるなんて、なにやら設定が曖昧な女神みたいなキャラになっちゃってるのは、あたしの焦りのなせる業です(ダメじゃん)きっと彼女にもなにやら過去があったんでしょう(予測かよ!?)
この作品は、いくらなんでもいつかリベンジしたいかもしれません(笑)
そんなあたしは、いつも時間がなくてぶつぶつとお題をつぶやきながら、大概見切り発車で書き始めるんですが。今回ホントに見切り発車過ぎた。
つーか、「8」が苦しすぎる・・・もっとこう、なんかなかったのかね?あたし。
後、水と海も近すぎてなんか両方出すのが結構大変でした。結果「水のない海」とか意味わかんないこと言い始めたし(それ言っちゃったよ)
ま、そんなかなりの中途半端さが滲み出てる作品ですけれども。
お付き合い、ありがとうございましたなのでした。