『花火は夜に咲く向日葵のようで、切なくなります』

そう言ったのは何番目の生贄だっただろう。

あんなに華やかな花火と、あんなに大きく咲き誇る向日葵を比喩して、どうして「切なくなる」のかと、

素朴な疑問を問うた時。

とても悲しそうな表情をしたことだけは覚えている。

結局、その答えを聞くことは出来なかったけれど。

もう顔も思い出せない人間がつぶやいたその言葉と表情だけが、ずっと心に引っかかって。

年々豪華になっていく花火を眺めながら、心に溜まるそれは大きくなるばかりだった。

幾年もの年月を重ね、今では生贄という存在も名前だけのモノになってしまったが。

言の葉の力だけが、今も生きる。

 



「やっぱりここにおわしましたか、捜しましたよ」

「狛か・・・別に、何処にいても構わないだろう」

騒がしい人ごみから外れた、河原に寝そべってぼんやりと空を見上げていた俺の視界を遮るように

覗き込んでくる見慣れた顔。

この場所は、打ち上がる花火の見えるぎりぎりの場所で、たくさんの店が集まる場所からも遠いため、

人もまばらで。

もう何十年も前から毎年、俺だけの特等席だった。

そしてもう何十年も前から毎年、繰り返されている会話を、今年もまた飽きもせず繰り返す。

俺が今の職についたその時から、仕えてくれているこの狛犬が、何故かいつもこの日ここへ俺を捜しに

来る時人型をとっているのは、この会話をするためなのではないかとさえ思うほどだ。

「構いますよ・・・今日はあなたの為の御祭りでしょう」

「今の時代、一体何人が神を奉る行事が祭なのだと理解しているのか聞きたいところだね」

「何を拗ねているんですか、さぁお社へ帰りましょう。今年の生贄がお待ちかねですよ」

「拗ねてねぇ。どうせ俺の姿なんぞ見えないのだし、形だけのものなんだから、わざわざ呼びに来なくても

いいっつってんだよ」

「駄目です。あなたのための贄ですよ。人間どもはそれをもって国の安寧を求めるのですから、ちゃんと

見返りは頂いてもらわないと」

「お前、穏やかな顔と声で結構きついこと言うよな」

「都合の悪くなった時にだけしか、神に祈りもしない。存在さえも信じないような者どもに優しくしてやる

必要はありません」

「俺はそれでいいと思ってるけどな。神なんて存在、困った時にだけ思い出してくれればいいんだよ」

「貴方は不機嫌そうな顔と声の割に、結構優しいですよね・・・」

「うるせぇよ」

「褒めてるんですよ、神様らしいって。だから、神様らしくちゃんと祭事もこなしてください」

「それ褒めてねぇだろ。それに全然『だから』の意味がわからねぇんだけど・・・ちょ、おい」

説得を諦めたらしい狛犬は強引に手を引き、犬型に戻って自分の背に俺を乗せてしまう。

そう、これもいつものことで。

俺と狛犬の押し問答は大概が、狛犬の実力行使によって終わる。

これ、立場というか力関係逆じゃねぇ?といつも疑問に思わないわけではないのだが。

・・・まぁ、いいか。

と、流されてしまう自分のせいだということはわかっているので、どうしようもない。

 

嗅ぎ慣れた白檀の香。

社の最奥。台座に置かれた神を宿す鏡とやらに、俺は一度も宿ったことはないが。

人間達にとっては、その鏡に『神』が宿っていることになっているらしい。

白い着物と浅黄色の袴を身に着けた、年老いた神主と。

薄桃色の着物を着た幼い少女。

二人は真剣な表情で、その鏡の正面に正座している。

「年々生贄の娘の年齢が下がっている気がするな」

狛犬の背から降りて、どかどかと二人の横を通り過ぎ鏡の前にどさっと胡座をかく。

神聖な祭事の雰囲気も考えろと、後から狛犬に怒られるのもいつものことなのだが。

誰の目にも見えていないのに、こっちまでかしこまる必要もないと思うのは俺だけか?

「貴方が言ったんじゃないですか。若い娘がいい、と」

いつの間にか人型に変化した狛犬が、呆れたように言いながら俺の横に正座する。

まぁ確かに、まだ職についた頃は力が足りなくて。

国の安定を求める人間達の願いを叶える為に、生贄を求めたことは消せない過去で。

どうせなら、若い娘がいい。と言った気もする。

だが。

「誰がこんなに幼い娘を寄越せっつったよ・・・これじゃ、俺の趣味が疑われる」

「幼い娘が好みなのでは?」

「狛・・・」

「冗談ですよ」

生贄という存在が名ばかりのものになってから、人間達の中では生贄に選ばれることは幸福なことだという

認識に変わった。

だから幼い娘に幸多かれという意味合いから、年齢が下がっているのだと狛犬は語る。

「別に俺は祝福なんて与えたことねぇけどな」

「それに、貴方は少女より少し大人っぽい女性の方がお好みですしね」

「まぁな・・・って、なんでお前がそんなこと知ってんだよ」

女性の好みを話したことはない。

なのに当然のように言い切る言葉に思わず狛犬の方を見ると、その行動こそが不思議だというように

「おや?」という表情をする。

「だって貴方はずっと囚われているでしょう?彼女の言葉に」

「彼女の、言葉?」

「『花火は夜に咲く向日葵のようで、切なくなります』」

「それ、なんで・・・」

「だから、いつも祭の日は一人で抜け出してあの河原で花火を見上げているんでしょう。気付いていないと

でも思っていましたか?」

思っていた。

嫌になる。どうしてこうも、見透かされてしまうのか。

絶対に俺よりも狛犬の方が、この職に向いていると思うのだが。

生贄を必要としていた頃の自分ならまだしも、それなりに時間も経ち力も蓄えられたはずの今でさえ。

従者に敵わないというのはどうだろう。

 

微妙にへこむ俺にお構いなく、祭事は始まる。

そりゃあ俺たちの会話など人間には聞こえないのだろうから仕方ないのだが。

むしろそのことがありがたい気もしないでもない。

「森羅万象、万物を司りし我らが主。これなる贄をもって我らが国の安寧を約束せざらんことを」

仰々しく定番の台詞を放って、神主は深々と頭を下げる。

俺にではなく、ただの鏡に。

いや、もうそれは別にいいのだが・・・。

その事実は、人間が俺の姿を捉えられなくなった事を如実に示していて。

最後に俺の姿を見つめながら祈ってくれた神主は、どれ程前の人間だっただろうかと、わずかに寂しい

気持ちがしないでもない。

神に祈っているのだろうが、祈られているはずの俺にはさっぱり意味がわからない仕草を繰り返し、神主は

少女を残して社を後にする。

力不足だった頃は、この後ありがたく娘達の生気を頂いていたりしたのだが。

今の俺にもうその必要はない。

「ご苦労さん」

そう言って、じっと鏡を見つめる少女の髪に刺さっている簪をそっと引き抜く。

生贄の持ち物の一部を頂くことで、俺の存在を知らしめる。とまで大仰な意味ではないが。

狛犬の言うとおり、一応俺を奉るための祭事で。生贄を持って国の安寧を祈るというのなら。

何かしらこちらとしても代償を頂いておかなければと思うわけだ。

それを人間は、奇跡と呼ぶ。

 

さ、これで今日のお役目も終了終了。

そう思いながら立ち上がる俺は、ふと違和感を感じる。

きょろきょろと辺りを見回して、狛犬の視線が一点に集中していることに気付く。

その先を辿ると、薄桃色の少女と目が合った。

そう。目が合ったのだ。

試すように、その場から少し移動してみる。

しかしその視線は外されることなく、確実に俺の姿を捉え続けていた。

狛犬に視線を戻すと、戸惑ったように微笑んでうなずく。

「どうやら、見えているようですね。幼い故でしょうか?それとも彼女に特殊な力が?」

「さぁな、俺には普通の娘に見えるが」

少女の目の前に視線を合わせるようにしゃがみ込み、その目を覗き込む。

すると少女は弾かれたように、そうまるで「誰か」の代弁のように言葉を放つ。

「貴方だけを見つめている。あの花火のように、ほんの一瞬だけでもこの気持ちが貴方に届けばいいけれど。

きっと叶わないから」

もう顔も思い出せない、数百年前の生贄の少女。

この薄桃色の幼い少女が、あの時の少女と似ているかどうかなんてわからない。

なのに、その口から紡がれた言の葉の力で、俺はこの言葉があの少女のものだと確信した。

「だから、切なくなる。か・・・」

「正しくは、少し違う。私の気持ちは一方的なものだってわかっていたから、それが叶わないことに悲しさは

なかった。けれど人間の命は花火のように一瞬で。向日葵のような思いが貴方の寂しそうな目を癒してあげられ

ないことが切なかった」

「・・・すまない」

「どうして貴方が謝るの?悪いのは私。きっとずっと貴方を私の言葉で縛ってしまったのね。ごめんなさい」

謝罪の言葉と共に、幼い少女の手が俺の頬に触れた。

途端、幼い少女の姿が若い娘の姿に変わる。

それは間違いなく、あの時の娘で。

こんな顔をしていたのかと、冷静に感想が出てきた自分に笑えてさえきた。

こんなにも、自分のことを愛してくれた娘の顔さえ覚えていなかった自分に。

 

「ありがとう」

言えるのは礼だけだ。俺はこの娘に何もしてやれない。

ずっと心に生き続けていた言葉は、俺のためのものだったのに。それに気付きもせず。

「貴方はもうあの時のような瞳をしていない。だからもういいの。その瞳にさせたのが私じゃなかったこと

は少し 悲しいけれど」

そう言って娘は視線を狛犬へと移す。

導かれるように俺も視線をそこへ移すと、狛犬は困ったように微笑んだ。

「何ですか、二人して見つめられても何も出ませんよ」

いつものように、飄々とそう言う狛犬の側へと移動して娘は深々と頭を下げる。

「狛犬様、ありがとうございました」

「お役に立てたなら、何よりです」

「これからも、神様のお側にいてあげて下さい」

「貴女に言われずとも、そのつもりですよ」

「・・・そうですね。狛犬様には無用のお願い事でした」

「安心してお眠りなさい」

「はい」

うなずいて、娘は俺に振り返り笑顔の中に少しだけ涙を含ませて。

幼い少女の姿に戻った。

 

すやすやと眠る少女の先の、狛犬へと視線を移す。

だがそこからは何食わぬ顔で祭事の続きをと、催促する仕草しかなく、もう俺からは溜息しか出てこな

かった。

「どういう事だ、って聞いても無駄か?」

「そうですね、今はまだ」

その台詞を言われて、確かな答えを貰ったことはまだ一度もない。

主人に秘密のある従者なんて聞いたことねぇ。

そう思いながら、問い詰める事をしない自分に一番責があるのかもしれない。

それでも今日は心優しい娘に免じて知らないままでいておこうと、今年最後の夜の向日葵の音を遠くに

感じながら、そう思った。

 

 

 

【戯言】
久しぶりに一人称で書いたり、台詞主体にしてみたら、あたしのもともとの長編属性が発揮されてしまったみたいで、もう終わらないかと思った。
なんかこのまま進めると延々長くなりそうだったので、神様には申し訳ないですがどうやって娘さんが出てこれたのだとかそういう事は謎にさせていただきました。
ま、あたしの書く神様は、なんだかみんなへたれみたいなので(おかしいな・・・)ま、いっか。みたいな(笑)
それでも長い・・・すいません。

花火と祭だけにしておけばいいのに、何をムキになってるのか向日葵を盛り込んだものだからどうにもこうにもな感じになってるわけですが。
向日葵=貴女だけを見つめている(花言葉)、花火=人間の命
と、そういう風に見てもらえば嬉しいかな〜と(またここで解説してるし・・・いい加減にしろ)
後、祭=神を奉る「たて(まつる)」ものてのは、あたしが勝手に捏造したものですので嘘ですよ。これは言っておかないと(笑)

んなことで、長々とありがとうございました〜。