父が死んだ。

偉大な人だった。

戦乱の時代を、一人で切り開いた戦神のような人だった。

俺は父を尊敬している。

だけどそれと同じ位の気持ちで、俺は父が嫌いだった。

前だけを見て決して振り返らない。

上だけを見て決して同じ目線に降りてこない。

そのことは王としては素晴らしいことなのだけれど。

そのことは家族にとってはとても寂しいことだったから。

そしてそのことがきっと。父の死の原因で。

いつか、父と同じ場所まで行ける日が来るとしたら。

どうか神様。この尊敬と嫌悪を忘れていませんように。

 

「ヴェレム王子、いやこれからは王とお呼びするべきでしょうね?失礼しますよ」

王都の城内。

自室の窓に頬杖をついて、赤く染まっていく街並みを何となく見下ろしていた。

執務室と繋がっている扉は開け放っていたから、そうするしかなかったのだろうが。

コンコンと開いた扉を叩き、そう声をかけてきた彼にゆっくりと視線を移す。

扉に寄りかかって微笑む彼は、城内の人間ではない。

俺が不審者だと叫べば、間違いなく捕まって処刑されるであろう彼を、俺は迷いもせず自室に招きいれた。

彼へのもてなしは、慣れない手つきで入れる一杯の紅茶。

確かに不審者であることは変わらない事実なのだから、使用人に入れさせるわけにはいかないのだが。

それでもたどたどしい手つきで入れる俺の不味い紅茶に、いつも満足そうに口をつける姿に疑問を感じずに

入られない。

そしてカップのそれをすべて飲み干して、いつものように彼は一言告げる。

「竜を討ちしは、その両翼」

その言葉に「やはり」という思いと、「そうでなければいい」と祈っていた思いが一気に押し寄せ、うつむき顔を

伏せるしかなかった。

だがいつまでもそうしているわけには行かないのが、俺の今の立場で。

決意とともに顔を上げた時。そこに彼の姿はすでになかった。

空になったカップの横に一枚の地図だけを残して。

 

『竜』

すべてのものは竜の加護の元生まれ、すべてものは竜の慈悲の元終わる。

例えば、海は水竜の涙。

例えば、空は飛竜の息。

例えば、山は火竜の足跡。

この世界に竜は実在しないのに。この世界は竜の存在がとても大きい。

そう、だからこそ人々は『王』に『竜』を見る。

だけど所詮それは例えで。本当の神になれはしないのだ。

だからこそ仮初の竜は、両翼を?がれ飛び続けることが出来なくなった。

その?げた両翼は、自分達の意思で新しい身体に寄生して勝手に飛び回るつもりなのは明白で。

今の俺にそれを阻止するほどの力はない。

もちろん、寄生され続けるつもりもないが。

今は、まだ。

 

夕暮れ。

城下から少し外れた所にある、薄暗い店。

開店しているのかも定かではない、その店の扉を押し開けて。

わずかな躊躇もなく、そこへ足を踏み入れる。

迷うことはもう城内で十分にしてきたから。

ここまで来て立ち止まっているわけには行かない。

ただでさえ、誰にも告げず城を抜けてきたのだ。残されている時間は少ない。

店内は外部よりもさらに薄暗い雰囲気を漂わせ。

客も曰く有りげな隻腕の男が、一人きり。

男の席隣をひとつ空けて腰掛けると、男と対であるかのように思わせる隻眼の女がカウンター越しで注文を尋ねる。

「彼と同じものを」

そう答えると、女は艶やかに微笑みすぐにグラスへ酒を注いだ。

目の前に差し出されたグラスを一気に飲み干すと、喉が熱く焼けるような感覚がした。

それはこれから自分がしようとしていることを後押しするかのような、強い力。

「飛べない翼は必要ない。手を貸してもらえないか」

グラスを置くと同時に誰にともなく発した言葉に、男が静かに質問を返す。

「その言葉はどちらに?」

「両方に」

即答した俺の言葉に、男はくつくつと笑って立ち上がる。

「合格だ」

その言葉を受けて、カウンターの中から女がすり抜けてきた。

 

俺の立場を知っていて。

目の前に並んだ隻腕と隻眼の男女は、一度も俺に膝を折らず。

いつか、跪かせてみろと笑った。

「後は任せて、あんたは帰んな。王子サマ」

「明日戴冠式でしょう?あなたが居ないと分かれば城内が大騒ぎになるだけじゃなく、民にも不安が広がるわ」

二人の言葉に押されるように店を出て。

城下町を歩く足取りは軽い。

会ったばかりだというのに。ほとんど言葉を交わしたとも言えないのに。

何故だろう。

こんなにも、俺はあの怪しい雰囲気しか感じられない二人を信用している。

力になってくれると。

約束も無いのに。あの問いかけへの答えさえもらっていないのに。

確信している。

「どうかしてるな・・・」

つぶやく自分の声にまで、希望の光が宿っていることを感じ取って、苦笑するしかなかった。

そして気付く。

父が死んでからこの数十日、胸の中にあった黒い闇に光が灯ったことを。

多分まだ。事を起こすことは出来ないけれど。

多分まだ。この胸の闇は消えないけれど。

いつかきっと、俺の両翼は新しく生まれ変わって青い空を羽ばたいてくれるだろう。

「あんたに必要がなくなる時まで、持っているといい」

店を出る前に男が投げよこした石を握り締め、ゆっくりと瞳を一度閉じて。

城内へ。

 

戴冠式。

父が死んでからちょうど1ヶ月。

この日俺は仮初の竜になる。

一生をかけても、本物の竜と呼ばれる日が来るとは思えないけれど。

俺の周りの闇を振り払えるくらい、強くなって。

せめて光の差す方へ導く、道しるべになれたら。

暗闇に閉ざされた瞳に、青い空を見せてあげられたら。

父のようになれなくていい。

俺は違う方法で、大空を飛んでみせる。

「おめでとうございます、王」

「父王のように、我等を導いて下さいますようお願い申し上げます」

王の間、玉座の手前。

古き竜の両翼たちは、何食わぬ笑顔で祝辞を。

「良き王になられることをお祈りして」

玉座から立ち上がり、俺の頭上に竜の証を授ける母上の言葉は機械的で。

俯き証を受け取る俺に、その表情は読めないけれど。

恐らく、いや確実に。

祝いの笑顔ではなく。そして夫を殺された、悲劇の后の表情でもないだろう。

家庭を顧みなかった父と母の関係がうまくいっていなかったことは明白だから。

この血にまみれた玉座に俺を座らせなければならないことを。それを阻止できない自分を。

責めている。

俺が、父と同じ最期を迎えることを恐れて。

「ここに、新たなる王の誕生を宣言する」

「新王と共に、更なる繁栄を」

新たなる竜に寄生する両翼たちの言葉と共に、王の間に歓声が響き渡る。

顔を上げて、表情を失くしている母へ今精一杯の笑顔を向け。

玉座へと就いた。

その手に、これから自分の目指す。

透き通るような、それでいて深い青の石を握り締めて。



 

【meditatio】
というわけで早くも第2弾(笑)
とりあえず違う話を挟もうという計画は、イキナリ崩れ去りました。
なんていうか、新しい設定を考えるのが面倒くさ・・・いえ、何でもないです。
この青水晶シリーズ(勝手にシリーズ化)は、どんどん過去へ戻っていくつもりです。
しかも青水晶貰ってから渡すまでの間の話じゃなくて、「貰う日」の話だからいつまで経っても暗いです。
どん底です。

てことで今回の主人公は、前回の主人公レアスさんに青水晶を渡した怪しい人殺しさんでした(笑)
前回の1年前のお話ですよ。分かり辛っ・・・。
ではでは、お付き合いありがとうでした。