このカップに残る、最後の一杯を飲み終えたら。

さよならを言おう。

甘い甘い、ミルクティー。自分には、絶対に似合わない。優しい味。

 

 

「紅茶はいかが?」

月も星も姿を隠す。真っ暗な夜。

この身を濡らす、雨と共に振ってきた言葉に、顔を上げる。

そこには、優しく闇夜を照らす。月のような笑顔があった。

どうして、その声に。その笑顔に。答えてしまったのか、自分でもわからない。

それは、決して。やってはいけないことで。

自分だけではなく。相手さえも、不幸にするだけなのだということを。わからないはずはなかったのに。

「見ず知らずの男を、こんなに簡単に部屋に上げてもいいのか。お嬢様?」

薄いピンクに彩られた、可愛らしい部屋。

窓から招かれた、その部屋の中に備えられた、数々の家財や。飾りつけられた絵や花瓶。それを見る限り。

いや、その前に。招かれた屋敷の大きさから。

相手は、自分とは、違う世界に生きる。世間知らずの、お嬢さんだということは、一目瞭然だった。

「どうぞ」と、導かれるままに。

レースのクロスがかけられた真っ白いテーブルに、荒っぽくどさりと座って。その後姿を眺めた。

寝巻きなのだろう、ふわふわのワンピースは。その細い身体を余計に、儚く感じさせる。

当然の問いかけに、ほんの少しだけ悲しそうな表情で。それでも、彼女は微笑んだ。

テーブルにカップを二つ置いて、高級そうなティーポットから、紅茶を注ぐ。

 

 

「私の名前は、ダージリン。あなたは?」

「ダージリン、ね・・・そうだな、それなら俺は。アールグレイってとこか」

目の前で注がれる、紅茶の銘柄を名乗る女に。答えるなら、こんなものだろう。

そう思って、なんとなく浮かんだ銘柄で、名乗りを返す。

すると、彼女は驚いたように目を見開いて。そして、それを飲み込むようにゆっくりとうなずいた。

「アールグレイさん。これで私とあなたは、もう見ず知らずの仲では、なくなりましたね」

「なるほどね、確かにな」

「お砂糖は?」

「いらない」

「では、ミルクは?」

「結構だ」

「そう、ですか」

「・・・わかった、両方とも入れてくれ」

何故だか、とても悲しそうな顔をするから。ため息と共に、両手を上げてしまった。

その言葉に、表情がぱっと嬉しそうなものに変化し。

次の瞬間、信じられないほど大量にカップの中に砂糖とミルクが注がれる。

「さ、召し上がれ」

「入れすぎだろ・・・」

「何か?」

「イタダキマス」

どうにでもなれ、と。甘ったるい香りを漂わせる紅茶を、口に運ぶ。

今まで飲んだこともないような、甘い甘い紅茶は。それでもなぜか、口に優しくて。

廃れた心を、癒してくれるような気がした。

 

 

「どうですか?」

「まぁ・・・、うまいよ」

「よかった。おかわりもありますから、どうかゆっくりしていってくださいね」

「ゆっくりって・・・あんた」

「ダージリンです」

「・・・ダージリン、あんたこの屋敷のお嬢様だろ。こんな夜中に、怪しい男。引っ張り込んでちゃ、駄目なんじゃねぇの」

「怪しい人は、自分のことを怪しいなんて言いませんよ?」

「いや、そういうことじゃなくてだな・・・まぁいいや」

なんとなく、これ以上言っても無駄なような気がして。

世間知らずのお嬢様の、ちょっとした気まぐれに付き合うくらい、いいか。

そう判断して、残りの紅茶を口に運ぶ。

少しだけ冷めたそれは、さらに甘さを引き立たせ。

緩やかな彼女との時間は、目的を忘れさせる。

何故、こんな雨の夜に。

傘も差さず、自分とは無関係な程、縁の遠い屋敷の傍にいたのか。

懐に隠し持った、ナイフは。何のためのものなのか。

全部、忘れてしまえれば。よかった。

 

 

「うまかったよ、ごちそうさん」

最後の一滴まで飲み干して、立ち上がる。

口の中に広がる甘さに、心を挫かれそうになりながら。懐のナイフに手を伸ばして。

優しく微笑む、その喉元に。それを突きつけた。

「アールグレイ、さん」

「さよなら、だ」

「残念です」

「そうだな、残念・・・だ」

「さようなら」

彼女は「また」と、再会の約束をしなかった。

そう言ってくれるような、淡い期待が自分の中にあったのだろうかと。苦笑がもれる。

そんな資格など、自分にありはしないのに。

そして、視界から彼女の存在が消えた。

想像していた通りに、その白い肌が赤く染まっていく。

ただし、それは彼女から流れ出るものではなく。自分のものだと気付くのに、時間はかからなかった。

ダージリン。

殺し屋専門の、殺し屋の名前。

記憶の片隅に、引っかかっていたのに。わかっていたのに。気付かないふりをした。

それが、敗因。

なのに、ちっとも悔しくないのは、どうしてだろう。

それはきっと。

ほんの少し見せた、悲しい笑顔と。あの甘い甘い、優しい味のせいだろう。

それだけが、多分。彼女にとって本当のことだったから。

それに溺れてしまうのも、悪くない。そう思ってしまったから。

 

 

瞼を開いていられなくなって、ゆっくりと閉じていく。

その最期の時に。

焼きついた姿は、最初に会った時と同じ。月のように優しく闇夜を照らす、笑顔だった。

 

 

 

END

 

 

 

【反省文 by神月霞】
くっ・・・暗い(笑)
って、笑い事じゃない!なんだこれ、最近いちゃいちゃばかり書いていたので(笑)、あたしの頭の中は、
だいぶ甘い感じになってたはずなのに。

甘いのは、味だけですか!(うまいこと言った・・・すいません)
久しぶりに男女の話を書いたかと思えば、これだよ。紅茶っていうお題で、人が死ぬとかありえなくね?
もっとこう、ほんわかした感じに・・・なればよかったのになー(後の祭)
お付き合い、ありがとうございました!