『いつか、この桜の下で。また会おう』

約束は遠い昔。

大切な友と、彼の大事にしていた刀に誓って。

そして、俺達は別れた。

その時交わした約束は、ついに果たされることはなく。

月日は無常にも、時を刻む。

 

「またあの桜ですか?毎年ご熱心に見てらっしゃいますけど、多分あの桜はもう咲かないと思いますよ」

暖かくなっても、花どころか葉もつけない巨大な桜。

それを飽きもせず日がな一日眺めている主人に、呆れたように声をかけつつお茶を運んできた従者に軽く礼を

言って、俺はまた視線を桜へと戻す。

「はぁ・・・まぁいいですけど。仕事はちゃんとやって下さいね」

言っても聞かないことを知っている従者は、それ以上咎める事もなく去ってゆく。

あの桜に、美しい花が咲き誇っていたのはいつの事だったか。

 

彼は、あの咲き誇る桜色が似合う男だった。

結い上げられた深い深い鴉色の髪、心の奥底までも見通されるような瞳。

それに白い着物がよく似合っていた。

腰にさしていた刀だけが、彼の存在をこの世に留めているようで。

今思えば、あの着物は死装束だったのだ。

直後に死地へ赴くことを、微塵にも顔に出さず。

突然目の前に現れた正体もわからない俺に、やわらかな微笑を浮かべて。

他愛のない自分の周りで起こる日常の出来事を語ることをせがむ俺に、まるで幼子に聞かせる御伽噺のように

語る彼に。

何も知らなかった俺は、無責任な約束を押し付けた。

それでも彼はいやな顔一つせず、悲しい顔を見せることなく、その約束を交わしてくれたのだ。

ただ、残される俺の為だけに。

果たされない事のわかっていた、いつかの約束を。

 

あの約束から、何度の春がこの桜に訪れただろうか。

彼が消えるのを悲しむように、咲き誇っていた花もだんだんと力をなくし。

とうとう桜までもが、彼を追うようにその存在を消す。

俺だけがあの時のまま、取り残された。

御伽噺の続きを待ちわびたまま、涙を流すこともできず。

永遠に続く、月日の流れを眺めるしかない。

気づくと俺は、ただそこに存在するだけの桜の元へと足を向けていた。

あの時、彼に会った時の様に、純粋な好奇心ではなく。

約束を、守るために。

 

彼の死を知った時から、俺はこの桜の元に訪れたことはなかった。

いくら待っていても、彼が現れる事のないことを理解していたから。

あの暖かさを教えてくれた笑顔を思い出すのが、辛かったのだ。

唯一、自分の存在に祈らなかった彼を。

この世から消してしまうことが怖かった。

この場所に来た瞬間に、彼の死を受け入れなければいけない。

それを避けて、彼との約束を自分から破った。

ここに自分が来なければ、約束が果たされない事実を受け入れなくて済むから。

だがそれでは、前に進めない。

自分が、ではない。彼が、だ。

俺の我侭にいつまでも縛り付けていてはいけないと。

そのことに気づくのに、多大な時間を費やしてしまったけれど。

もう開放してやらなくては。

俺の最初で最後の友人の幸せのために。

 

無言で佇む桜に右手を当てて、そのまま額を幹に押し付ける。

十秒数えたら、約束を取り消そう。

気まぐれに、我侭に、俺の約束のせいで縛られている、優しい彼の魂に。

さよならを言おう。

十・・・九・・・八・・・七・・・六・・・

零れるはずのない雫が、瞳から頬を濡らす。

耐え切れず瞳を閉じると、彼の姿はよけいに鮮明に見えて。

やめてしまいたく気持ちを必死に抑えて、続きを数える。

五・・・四・・・三・・・二・・・

「・・・一・・・」

最後の数を、言の葉に乗せて。

瞳を開いて、額を桜から離す。

もうそこには涙の後はなく、俺は空を見上げて微笑んだ。

 

途端、奇跡が目の前に広がる。

自分が力を使わなくては、決して起きないはずの桜の奇跡。

彼を追って死んでしまったはずの桜の花が溢れんばかりに咲き誇り、その花びらを惜しげもなく降らせてきた。

目がくらむほどの桜吹雪に、思わず顔を着物で覆い隠す。

「やっと会えた」

突然耳に飛び込んできた言葉に驚いて顔を上げると、そこには咲き誇る桜色の似合う友人がやわらかな微笑みを

浮かべていた。

違っていたのは、深い深い鴉色の髪は肩よりも短くて。

白い着物は、洋服に。

彼の存在を確かにしていた大事な刀は、腰に存在していなかった。

そう、彼は「彼」と呼ぶに等しい存在なことを示すものを何も持っていなかったのに。

俺は、彼を「彼」だと認識した。

そしてそれは、間違っていないと、確信している。

 

「久しぶりだね、春神」

「・・・一貴?」

「うん、そうだよ。ずいぶん姿は変わってしまったけど。約束、覚えてる?」

「もちろんだ」

うなずいて恐る恐る彼の手を取ると、彼は変わらない笑顔でそのまま俺の手を引き、その存在を示すようにしっかり

と抱きしめてくれた。

そう、死の直前に会った神に助けを求めることなく。

孤独な神の心を気遣う人間。

彼の変わらない、その優しさに俺はまた甘えるばかりだと、彼のぬくもりを感じながら笑い合って。

そして俺と彼は同時に誓いを口にする。御伽噺の続きのように。

『いつか、この桜の下で。また会おう』

 

 

 

 

 

【戯言】
台詞少なっ・・・。
なんか神様なのにぶつぶつぶつぶつ一人で考え込んでる、うじうじした作品に・・・。

春」ってもっと明るいイメージじゃね?と、書いてから思いました。
ま、まぁきっと香音ちゃんの「春」は明るいよ、きっと。だから大丈夫だよ(何が)!
ていうか、最初の従者出て来なくてもよくない?なんで出したんだろう(笑)
それから、彼の名前は「一貴(いちき)」と読みます。そのままです。
数かぞえる最後につぶやいた「・・・一・・・」は、彼の事です(無理矢理だ・・・)て、説明しなきゃ
わかんないのって、駄目駄目の基本ですね・・・すみません。

ではでは、読んでくださってありがとうでした!