「あれは・・・」

何処までも続く闇の中、どの位進んだのだろうか。

もしかしたら、先程から少しも進めていないかもしれない。

ずっと同じところを巡っているだけかもしれない。

先の見えない闇の中、心の奥底に現れる恐怖。

それこそが、あいつがここへ引き込んだ目的なのだろうけれど。

それでもじわじわと侵食してくる恐怖をおさえることはできなくて。

立ち止まってしまいそうになる心と身体を、それでも前に進めてくれたのは。

隣にいてくれるルーシリアの存在に他ならない。

先程の戦闘からすぐに立ち直れるはずもなく、きっと傷ついているはずの彼女を支えにしている自分が

情けなくて。

自分の心に渇をいれるように、視線を正面に向けた時。

わずかに感じた違和感。

ルーシリアを見ると、彼女も感じたのだろう。ゆっくりとうなずく。

「あの場所だけ、闇が揺れてる」

その言葉と同時に、ルーシリアの手には杖が召喚されている。

「何か手伝えることは?」

「側にいて。離れないで」

「了解」

即答された言葉に即答で返して、二人は少しだけ笑った。

まだ大丈夫、笑えている。笑い合える。

闇になど、恐怖になど飲み込まれない。

ルーシリアの邪魔にならないように、そっと肩に手を置く。

その存在を感じると同時に、ルーシリアの魔力が杖に急速に集められていく。

いつもの攻撃魔法や回復魔法のように、呪文を一切口にしない。

だが、魔法を使わないアディスにもわかる。その魔力の大きさ。

もしかすると、ものすごく大きな負担をかけることになっているのかもしれないと、アディスが

心配そうに覗き込もうとした時。

『光よ!』

力ある言葉と共に、杖の先端から弧を描くように闇を打ち消す光が発せられる。

それはやがて、違和感を感じた場所まで届き。

ぱりんっと、まるでガラスが割れるような音がしたかと思った瞬間、闇の空間が二人を飲み込んだ時と

同じように、急速に今度は光に飲み込まれた。

 

「ここは・・・」

眩しい光に、閉じた目をゆっくりと開く。

天井から垂れる濃赤色のカーテン。

中央に燦然と輝くシャンデリア。

蝋燭の光だけが、その空間を照らす。

闇の世界から抜け出した先は、飲み込まれる前のあの玉座の間だった。

闇に飲み込まれる前と何も変わらない。

いや、闇に飲み込まれる前よりも前。ラセットとの戦闘を始める前と何も変わらない。

あの激しい戦闘の跡など、どこにも感じられない。

剣で切り落とされたはずの燭台も、ルーシリアの放った炎によって崩れたはずの壁も。

何もかもが元通りで。元通り過ぎて。

余計に違和感を感じさせた。

「さっきの場所、よね?」

戸惑ったようなルーシリアの言葉に「あぁ」とうなずいて、アディスの視線が正面で固まる。

その視線に引かれるように、ルーシリアも同じ場所を見て。息を呑む。

入り口の真正面、数段高くなった台座に置かれている椅子。

宝石によって装飾を施されているその椅子に、先程は不在だったあいつが座っている。

ワイングラスを片手に、楽しそうに笑うあいつの足元には、おそらくラセットだったものと思われる、

原型をとどめていない塊が崩れ落ちていた。

「ようこそ、我が城へ」

低く響く声。

ずっとずっと、追い続けていた相手が目の前にいる。

なのに、身体が動かない。

そんな二人を可笑しそうに見て、あいつはわざと見せ付けるようにワイングラスを床に落とした。

まるでスローモーションのように感じられるほど、その動きは遅く感じられ。

ガシャンと、ガラスの割れる音と共に、赤いワインが飛び散る。

途端、床に這いつくばっていた塊は、まるで灰になったかのように四散し。

跡形もなく消えた。

「・・・っ、ヴィファーザ!!」

自分の声ではない、そう思えるほど腹の底から言葉が出た。

動く。動ける。

ここに立っているのは数年前の自分じゃない。

何も出来ない、ただの子供じゃない。

弾かれるように、アディスは剣を抜いていた。




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