「・・・・ようこそ、おいでくださいました」

見かけに反して、触れるだけで開いた扉。

天井から垂れる濃赤色のカーテン。中央に燦然と輝くシャンデリア。

けれど、部屋に灯る明かりは、壁にかけられた燭台とそれにともされた火であり、その光を受けて輝く

シャンデリアは、むしろその部屋に不気味という名の雰囲気を与えるものとなっている。

入り口の真正面。

数段高くなった台座に置かれている椅子。

宝石によって装飾を施されているその椅子に、座っているはずの人物はいなかった。

椅子の脇に置かれたテーブルの上のワイングラスとワインの瓶。

それが、ついさっきまで『彼』がそこにいたということを如実に示していた。

けれど、確かにいない彼の変わりに、二人の到着を待っていたかのように、部屋の中央で頭を下げている

老人。

「ラセット・・・・・?」

見覚えのない人物。

けれど、つながれていた手に力が込められ、彼女の唇から小さな呟きが漏れる。

「ルーシリア、知り合いか?」

「え、ええ・・・・」

明らかに様子が違った。

いつもの元気な彼女ではない。

何に対しても前向きで、臆することのないルーシリアの、戸惑っているような、ひどく怯えているような

様子に、目の前にいる人物へと視線を向ける。

「何者だ?」

「アディス王子には、お初にお目にかかります。私は『レシャルト公国』の筆頭執政官を務めておりました

ラセットと申します」

「・・・・レシャルト・・・?」

聞いたことはあった。

アディスの国同様、この闇の力によって滅ぼされた国。

小さな国ながらも、資源豊かで国風も穏やかな国だと聞いたことがあった。

そしてなにより、ルーシリアがその国の出身だったはずだ。

「ルーシリア、お前・・・・」

「・・・・・」

何も言わずに唇をきつく結び、ただその男を見ているルーシリア。

けれど、その瞳にはやはり迷いがあった。

「そして、お久しぶりでございます。ルーシリア様。いえ、姫様とお呼びした方がよろしいですか?」

「姫・・・?」

聞きなれない単語に、思わずルーシリアを見る。

国を滅ぼされ、命からがら逃げ延びたアディスが、城下町で出会った少女。

闇によって滅ぼされた国の生き残りという、同じ境遇を持つ少女は、幼馴染となりともに成長をした。

アディスは王子、彼女は一市民。

本来であれば、身分が違う存在でも、互いの国ではない場所で、そのような肩書きなど関係ない。

だからこそ、二人はずっと一緒にいた。

「あいつは、どこだ?」

「・・・驚かれないのですか?ルーシリア様のことを、貴方はご存じなかったでしょう?」

「関係ない。ルーシリアはルーシリアだ」

ただそれだけ。

はっきりと言い放ったアディスに、ルーシリアの瞳が驚きで見開かれる。

「・・・・俺の質問に答えろ」

剣を構えて、そして余裕の笑みを浮かべている老人、ラセットをにらみつける。

そのまなざしに、これ以上の質問は無理だと感じたのか、大げさにため息を吐く。

「先程まではこちらでお二方をお待ちだったのですが、外せない用事が舞い込みまして。変わりに相手を

するようにと言付かっております」

「用事・・・?」

その言葉に、嫌な予感のようなものを感じる。

「ええ、ですがすぐに戻られるかと・・・・・」

「っ・・・・」

「アディス!」

ガチャンっと金属のぶつかり合う音が、部屋中に響く。

数メートルあった距離を一気に縮め、その剣を振り下ろしたアディス。

けれど、一歩も動くことなくそれは、ラセットによって受け止められていた。

「小剣・・・二刀か・・・・」

クロスに交わらせた2本の小剣で、アディスの剣を防ぐ。

「なかなかの剣さばきですね。ですが・・・・」

「っ!?」

「アディス!」

「そのような怒りに満ちた剣では、本来の力も発揮できていない状態では、私に勝つことすら無理です」

何が起こったのか、わからなかった。

けれど、入り口付近まで吹き飛ばされて、そのまま扉に体を打ち付ける。

「大丈夫?アディス?」

あわてて駆け寄ってくるルーシリア。

「ああ・・・・だい、じょうぶだ」

怪我はない。

打ち付けた体が痛むが、それでもなんとかルーシリアの助けを借りて体を起こす。

そんなアディスの状態を見て、そしてゆっくりと立ち上がる。

「ルーシリア!?」

「アディスは黙ってて」

いつになく厳しいルーシリアの言葉に、思わず息を呑む。

「大丈夫。さっき、言ったばかりでしょう?」

いつまでも守られているだけではいたくないのだと。一緒に戦うのだと、さっき約束したばかりだ。

「『あの人』がいないのならちょうどいいわ。誰かさんのせいでここまでほとんど戦わせてもらえてないん

だもの。・・・・ラセット。貴方の相手は、私よ」

過去との決着。

自分がしなくてはいけないことなのだと、そう考えていた。

アディスは何も言わないが、彼がルーシリアの知り合いであるというのなら尚更自分が戦うと、そう言う

だろう。
けれど、違うのだと。

彼が裏切らなければ、国の内情をばらさなければ、国は滅びることはなかった。

勝てる可能性を、全て失わせたのは、目の前の男なのだ。

「姫様が、私を?」

「・・・・こうみえても、魔法は父様譲りよ」

レシャルトは、その別の名を『魔法の国』と呼ばれていた。

「だから、私が貴方を倒すわ、ラセット」

「ルーシリア・・・・」

もう、彼女に迷いは感じられなかった。

言いたいことがないわけではない。それは彼女も同じことだろうと。

けれど、全てが終わればいくらでもそれは可能なのだ。

「だからといって、女に守られているわけにはいかないだろ?」

立ち上がって、ルーシリアの横に立ち、剣を構える。

「アディス!?」

「一緒に戦うんだ。・・・・そうだろう?」




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