『氷よ、刃となりて敵を貫け』

4匹目を倒したところで、背後に迫り来る最後の1匹の気配に気付くのが一瞬遅れた。

体勢を立て直して、攻撃を受け止めるのに間に合うかどうか。

そう思ったところで、最後の敵は鋭い氷の刃に貫かれ果てていた。

「悪い、油断した」

剣を鞘に納めて、ルーシリアを見る。

召喚した杖を消して、いつもの笑顔でうなずいてくれると思っていたルーシリアの表情が、険しい

ものであることに気付いて、アディスはわずかに目を見開いた。

「アディス」

「は、はい」

思わず姿勢を正してしまうほど、ルーシリアの表情に柔らかさがない。

何か怒らせるような事をしただろうかと困惑していると、深いため息と共にルーシリアがアディスの

側まで駆け寄ってくる。

先ほどの戦いの最中、かすった敵の爪によって傷ついた頬にそっと手を当てて治療しながら、

ルーシリアは諭すように言葉を紡ぐ。

「アディスが、私のことを守ってくれようとしてるのはわかってる。それ以上に私の力を頼りに

してくれていることもね」

「・・・・」

「だけど、私だっていつまでも守られているだけではいたくないの。ましてやここは『あの人』の

城よ。少しの油断が最悪の結果を招く事だってあるわ」

「・・・すまない」

「謝って欲しいわけじゃないわ。わかっていて欲しいの。私はそんなにか弱い女の子じゃないし、

アディスの助けになるためにここにいるんだってことを」

「あぁ、そうだな・・・今度からはちゃんと手助けを頼む」

やっと気付いた。

ルーシリアが何に怒っていたのかを。

それは後ろにかばった事でも、力の温存を理由に一人で戦うことを選んだことでもない。

きっと、自分が危うくなったその場面でさえルーシリアの力を借りず、一人で何とかしようとした

事に、だ。

「よろしい」

アディスの言葉に満足したようにルーシリアが笑顔を見せる。

そしてかざした手をアディスの頬から離すと、そこにもう傷は見当たらなかった。

「ありがとう」

今度は謝罪ではなく、感謝の言葉を乗せて。

アディスが笑顔を返したその時。

今までに感じたことのない、深い闇の力が背後から襲ってきた。

背筋が凍るという表現さえ甘いと思えるほどの、自分という存在が闇に消えてしまうかと感じるほどの、

強大な力。

間違いない、あいつだ。

微かに震えるルーシリアの手を、強く握り締めることで自分の震えを閉じ込めて。

まるでその力に導かれるかのように、螺旋階段を一歩一歩下り始める。

 

この先に、あいつがいることは間違いない。

目の前にいるわけでもないのに、あいつの視線を感じる。

いや、きっと。

本当は最初に出会ったあの時から、ずっと感じていた感覚が強まったに過ぎないのだ。

恐ろしいと思うのに、目が離せない。

側にいては駄目だと思うのに、逃げ出せない。

守りたいものがたくさんあったのに、一歩も動くことさえできなかった、あの時。

剣を抜くことさえ出来ず、横をすり抜けていくあいつの姿を目で追うことさえできなかった。

鮮明に残るのは、深く闇のような紫水晶を思わせる瞳と。

挑発するようにすり抜けていった時に触れた、冷たくゆれる長い漆黒の髪。

整った顔立ちに浮かぶ表情は、どこか楽しげで。そして悲しげでもあった。

幾千もの血を浴びて、それでも変わらないその表情に。

アディスは初めて、恐怖を感じたのだ。

そして自分の無力さを。

あの時から、自分がどれだけ強くなれたのかはわからない。

けれど今はもう、一人じゃない。

この手をしっかりと握り返してくれる、ぬくもりがある。きっと強くなれる。

螺旋階段の終着点。

目の前に現れたあいつを思わせるような巨大で威圧感のある扉を目の前に、アディスはそのぬくもりを

確かめるように、つないだ手を強く握り締めた。






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