ルーシリアの気配が、力を失くして消えて行こうとするのを背後に感じる。

駆け寄って、この腕の中に抱きしめて、言葉をかけ。その身体を支える。

わずかに漏れる呼吸を確かめて、消え行く力を引き戻す。

そうしたかった。

けれど、できない。彼女の望みは、そんなことじゃない。

今やるべき事を投げ出して、そうしたとしても。彼女は絶対に、喜びはしない。

だから。

アディスは振り返ることなく、その剣に力を込めた。

 

 

避けられる事は覚悟していた。

渾身の力を込めた一撃だったけれど。これで最後にする、その想いを込めた一撃だったけれど。

それでも、簡単に終わらない。終わらせてもらえるわけがない予感も、確かにあったのだ。

だから、倒れていくその姿が。まるで夢の中の出来事のように感じられた。

自分の中の願望が、見せた幻。

そう思ってしまうほど、それは現実味を帯びていなくて。

そして、それ以上に。ゆっくりと戻ってくる腕の感触が、それが現実のものであることを物語っていた。

赤に染まり、雫が滴り落ちる。自分の手にある鈍い銀色。

崩れ落ちていく、黒の化身。

その表情が、どこか満足気であるように見えたのは。アディスの見間違いだろうか。

「ヴィ・・・ファーザ」

「どうした・・・もう少し、嬉しそうな顔をして見せたらどうだ」

呆然と見つめるアディスに返された、見たことのない下から見上げる視線。

紡がれる言葉は、いつもの余裕溢れる声ではなく。どこか途切れがちな、吐息交じりのもので。

急速に、目の前で起こっている事実を理解する。

アディスの手から零れ落ちた剣の音が、やけに大きく響く。

けれどアディスの耳には、それすら聞こえなかった。

ゆっくりと閉じられていく紫水晶を見ることもなく、理解した次の瞬間にはもう駆け出していた。

長い長い、苦しかった旅が終わる。

ずっと追い続けてきた、最大の敵が崩れ落ちていく姿を目に焼き付けて、晴れがましい気持ちで

これからの明日を生きていく。

そんなことを夢見ていた事もあった。

けれど、今は。

欠片もその事を、思い出す余裕もない。

どうしたらいい?早く、しなければ。何を?

思考がうまく働かない。ただ、弾かれる様に身体が動いた。

ルーシリアの元へと。

 

 

主を失って、崩れ落ちていく空間。

『隠された聖地』がその姿を取り戻していくのを、視点の定まらない瞳で呆然と見つめる。

その胸の中に。きつく閉じられたまま開くことはない、力を失ったルーシリアの身体を抱きしめたまま。

アディスは動くことが出来なかった。

地中の奥深く。すぐにでも逃げなければ、このまま自分の存在も一緒に消失してしまうことはわかっていた。

けれど、どうしても身体が動かない。力が入らない。

ヴィファーザがルーシリアの魔法を止めなかった理由が、今になってわかった。

信じてる。

あの時のその言葉に、嘘はなかったけれど。

失って初めて。それだけでは、救えない事を知る。救われないことを、知る。

たった一人、勝ち残ったところで。何にもならない。

ただの自己満足だ。

もちろん、負ければよかったと思っているわけではない。

今までずっと長い間。

虐げられてきた人々を、苦しみから解放できる。平和で明るい未来へ、導くことができる。

でも。

たった一人の大切な人を守れない自分に。これから先、何が出来るというのだろう。

犠牲の上に勝ち取った幸せなど、きっとすぐに崩れてしまう。

ヴファーザは、もしかしたら。それを知っていたのかもしれない。

確信はないけれど、なんとなく。

あの高圧的で、それでいて憂いを帯びた瞳の奥に。悲しみが潜んでいたような、今ならそんな予感がする。

 

 

アディスの悲しみとは裏腹に、容赦なく『隠された聖地』という空間は崩壊していく。

まるで、あるべき場所に戻ろうとするように。

急速に、不純物を排除する動きが活発化していく。

やがて、この場所を照らしていた巨大なシャンデリアが。アディスの頭上に落下してくるのが。

まるでスローモーションのように見えた。

ここで、果てるのも。悪くはない。

ルーシリアと、一緒ならば。

願いを果たすまでは、決して流すまいと決めていた。止めどなく溢れる涙で、ルーシリアを濡らしながら。

抱きしめる腕に、力を込め。

アディスは、ゆっくりと瞳を閉じた。

けれど、覚悟していた強い衝撃はいつまで経ってもその身体には訪れず。

代わりに、感じるはずのない力が。

その身を守るように包んでいることに気付くのに。そう時間はかからなかった。

何故なら、頬を零れ落ちるその跡を。拭い取るように優しい指が触れてくれていたから。

何故なら、その力は。ずっとずっと傍にいて、支えてくれた。確かな温度だったから。

その感覚に、驚いたように見開かれた瞳に映ったのは。

いつだって、どんな時だって変わらない。

優しい優しいすべてを包み込んでくれるような、笑顔だった。

 

 

 

END