余裕とも、蔑みとも取れる笑みを浮かべて、ヴィファーザが立ち上がる。

ゆっくりと剣を一振り。

それだけで、この空間全体が震えたような気さえした。

アディスの頬をすり抜けていくその剣圧に、身体がびくりと反応する。

そう、まだ立ち上がりもしていなかったのだ。

こんなにも必死な自分に対して、相手はずっと座ったまま。軽々とかわされていただけだった。

そのヴィファーザの剣の切っ先が、アディスを真っ直ぐに捉える。

恐れと同時に、ほんの少し。

喜びを感じている自分に驚く。

初めて会った時。

その視線を受け止めることさえ出来なかった自分が。今、この男の正面に立ち対峙している事に。

同じ場所に立てている事に。

先程のように、周りが見えなくはなっていない。

ちゃんと後ろのルーシリアの存在と、支えてくれる力を感じる。

一度ゆっくりと瞳を閉じて、そして真っ直ぐにヴィファーザを見据えた。

行ける。

「行くぞ!」

『大地よ、その力を衣となして剣へ』

アディスが駆け出すと同時に、ルーシリアの言葉が手の中の剣に力を付与する。

振り上げた剣は、相手のそれによって止められるが。

ほとばしる魔力に目を細めて、ヴィファーザが一歩引く。

追いかけるように連撃を仕掛ける。

それを捌きながら、その合間に繰り出された突きを、今度はアディス後ろへ飛び下がって避ける。

『炎よ、矢となりて的を討て』

すかさず追おうとしたヴィファーザをルーシリアの炎の矢が襲う。

「いいコンビネーションだな」

左手に魔力を集中させ、その炎の矢を四散させ。

関心したように笑うヴィファーザから、先程までの余裕は消えていた。

「私の為に、ここまで成長してくれるとは思わなかったよ。嬉しいぞ」

それでも変わらず紡がれる軽い言葉は、挑発とも心からの賛辞ともどちらにも取れるようで。

どうしてもアディスの感に障る。

けれどもう、そんな言葉に惑わされたりはしない。そんな表情に惑わされたりはしない。

心を落ち着かせ、神経を研ぎ澄ます。

闘うことに。勝つことだけに集中して。

「黙れ」

握りなおした剣を振り上げる。

その剣を下から払い上げたヴィファーザの切っ先が、アディスの頬を掠める。

「アディス!」

「大丈夫、かすっただけだ」

飛び散った血を見て叫ぶルーシリアに、大したことはないと告げて。

間髪置かずに、次の攻撃へと移る。

 

けれど補助呪文を唱えながら、激しい攻防を見つめるルーシリアにはわかってしまった。

このままでは勝てない。

アディスはヴィファーザと対等に闘える位強い。

でもルーシリアとアディス、二人の力を合わせて。やっと対等に、なのだ。

これでは、時間が経つごとに体力面で劣るだろうアディスが圧倒的に不利であることは明白で。

それでも逆に考えれば。対等であるということは、何かきっかけさえあれば勝機は見えてくるはず。

この世界へ来るための鍵。

6つのクリスタルを集め手にした瞬間。流れ込んできた力がある。

六大元素の力を借りた、巨大な力。

自分の魔力すべてで、きっと一度だけ発動させられる。

無口であまり言葉にはしないけれど、心配性のアディスには言わなかった。

魔力を使い切った後、どうなるのか自分にもわからない。

その力が、どう作用するものなのかも。

けれど、確実にきっかけにはなると思う。

その機を逃す、アディスではないこともわかっていて。

だから迷うべき事なんてひとつもない。

信じてるから、大丈夫。

 

ざざっと、剣圧を受け止めて後ろに下がってきたアディスに回復と守りの呪文をかけて、そっと耳打ちする。

「時間を稼いで」

「ルーシリア?何をするつもりだ」

「大丈夫、私を信じて」

強い意志を宿した瞳。

その目をしたルーシリアを止められたことがない。

止める必要もない。

「わかった」

うなずいて駆け出す。振り返らずに、自分を信じてくれているようにルーシリアを信じて。

『光・闇・火・水・風・地。すべての力を我が手に・・・』

静かに急速に集められていく魔力。

自分の身体を媒体にして、本来合わさることのない元素を集める。

アディスよりも先に、ヴィファーザがルーシリアの行動の危険性に気付く。

けれど、ヴィファーザは呪文を止める為に自分から動きはしなかった。

その方がきっと、アディスが傷つく。そう判断したから。

たとえ自分を倒せたとしても、アディスはかけがえのない者を失くす事になる。

「止めた方がいいんじゃないか?」

お前のために。

そう言葉の端に含ませて笑うヴィファーザの声に揺れなかったといえば、嘘になる。

魔法を扱わないアディスにだってなんとなくわかる。

ルーシリアのやろうとしていることが、彼女にとって危険なものであることは。

優しい彼女が、だからこそ自分に何の説明もしなかったのだろうことは。

だけど。

「俺は、ルーシリアを信じてる」

かぶりを振って、ヴィファーザに対峙するその瞳に迷いはなくて。

「確かに、そうでなくては面白くない。では見せてもらうとしようか」

ルーシリアの呪文が完成するまで、彼女に手を出さずにいてやるが。

それまでに力尽きないよう、気をつけることだとでも言わんばかりに攻め立ててくるヴィファーザの

剣を捌き続けるアディスの体力は、限界に達していた。




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