時々見る悪夢。

うなされて飛び起きて、それが夢であることに安堵し、そして紛れもない現実であることを認識する。

それは、自分の進むべき未知の再確認となり、彼女を前へと進ませる指針となる。

 

全ては、そこから始まった。

 

 

「海だぁ・・・・」

打ち寄せる波しぶきと白い砂浜。

真っ青な空には白い雲が流れている。

空を飛ぶ鳥と、遠くに見える船の影。

開放されている海水浴場ではないのか、それとも時期が夏も終わりというせいなのか、海で遊んでいる人影は全くない。

思わず歓声を上げた少女に、ふと素朴な疑問を抱く。

「海は初めて、だったか?」

何もない場所からかけられた声に、その声のしたほうを振り向き、微笑む。

彼女の周囲には、それらしき人物はいない。

けれど、迷うことなくその視線はある一点を捉えていた。

「初めてではないけど・・・久しぶり?」

久しぶり、というのがどのぐらいの期間を示しているのかはわからないが、ここまではしゃぐことができるぐらいには

久しぶりなのだろうと考える。

確かに、彼らがこれまで歩んできた道を考えると、海に出くわす機会などなかっただろうと。

どちらかというと山だとか洞窟だとか内陸の町だとか塔だとか。あるいは城だとか神殿だとか。

海に行ったとしても地底洞窟だったり、いつの間にか移動していた海底神殿など。

いわゆる冒険に適した場所しか行っていない。

しかもいくつかある大陸のうち、2つの大陸を移動してはいるが、地底洞窟を使っての移動だったため、結局まともには

海というものを見ていないのだと気づく。

「やっぱいいわよねぇ・・・こうなんていうか、雄大さ?広いなーって感じが」

言いながら履いていたブーツを脱ぎだす少女に、遊ぶつもりだなと悟る。

「ちょっとだけ、待っててね」

笑顔で言い残し、海へとかけていく少女。

長いスカートの裾を持ち上げて、波打ち際で遊ぶ少女に溜息をついて、ふっと姿を現す。

そして、彼女のブーツが置かれた横に座る。

本来なら熱くなっている砂。けれど、彼にはその熱さは感じられない。

彼女が今堪能しているであろう水の冷たさも、彼には関係がないものだ。

人間ではないもの。人は彼らを精霊と呼ぶ。

本来は、この世界の自然や力として存在し、人と関わることなく静かに生きているはずなのだが、彼はやむをえない事情に

よって彼女と行動をともにしている。

表向きは従属しているというのが正しいのだが。

「まぁ、たまにはいいか」

ここのところゆっくりする時間もなかった。

だから、彼女が満足するまで付き合ってやろうと考えて目を閉じる。

 

 

 

 

「初めて海を見たのはね、国を出た時なの」

濡れた足を乾かして、ブーツを履きながら言う少女を見る。

小さく、どこか寂しげな笑みを浮かべながら、言葉が続けられる。

「もう8年になるかなぁ。といっても、あの時は必死で・・・海を楽しむ余裕もなかったけど」

そして、後ろに広がる海を見つめる。

「お母様とお兄様と舟に乗って・・・・お父様たちが時間を稼いでいる間に逃げないとって。でも、天候も悪くて・・・

舟も揺れるし海は荒れるし、大変だったなぁ」

よいしょっと横に座る少女。

その顔に浮かんでいる微笑に、どうして笑っているのだろうと考えてしまう。

「そして、私だけが助かった」

気づいたら、浜辺に打ち上げられていた。

たまたま通りかかった港町の医者が助けてくれて、彼女はこうして一命をとりとめた。

「なんで、笑っていられるんだ?」

途切れた言葉に、ふと口をついででた疑問。

彼女の気持ちを考えれば、むしろ聞くべきではないのかもしれない。

けれど、不思議だったのだ。

彼ら精霊にも、感情というものは存在している。

それは人間と同じで、つらいとか悲しいとか嬉しいとか、そういったものだ。

普通であれば、こんな時に笑っていられるのかと。

家族を、愛する者たちを亡くした海。

彼女の住んでいた国を包み込んでしまった海。

原因はどうであれ、彼女の国が海に沈んだということは事実のはずだ。

その海を、どうして憎まずにいられるのか。

笑って思い出を語ることが出来るのか。

「・・・・海に罪はないでしょ?」

悪いのは誰なのか、それを彼女は知っている。

だからこそこうして旅をしている。

「確かに、正直なところつらい思い出以外みつからないんだけどね。でも、だからといって海を憎んでも何も戻らないし、

何も変わらない。あの海とこの海はおなじもので、別のもので、今は静かに穏やかにこの国を見守ってる」

泣いたところでどうにもならない。

叫んだところで何も変わらない。それなら、前を見て進んだ方がいい。

「心配してくれるのは嬉しいけど、私は大丈夫よ」

にっこりと。

さっきまでとは違うごく普通の笑みを浮かべて言う少女に、思わずむっとして顔をそらす。

「別に心配したわけじゃない」

そのまま姿を消す男に、くすくすと笑ってしまう。

「相変わらずねぇ」

口に出しはしないが、きっと心配してくれたのだろう。

消えたとはいっても、すぐそばに気配は感じる。

その気配に、小さく溜息をついて、そしてもう一度海を眺める。

「この海の下に、みんな眠ってるのよね」

荒れ狂う波。

灰色の空と、その空に赤く輝いていた月。

多くの悲鳴と波の唸り声。それらが、耳にこびりついてはなれることはない。

今も、目を閉じると昨日のことのように思い出せる。

「いつの日か、きっと・・・・」

祈るように目を伏せる。

そのために彼女は旅をしている。

あの日彼女が失った全てを取り戻すために、再び心から笑える日がくるように。

「よし、行くか」

大きく深呼吸をして、そして海を背にして歩き出す。

あの時とは違う穏やかな海が、彼女を見送ってくれる。

「というか、次どこにいくつもりだったっけ・・・・・・?」

 

 

 


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ものすごく背景は明るいのに内容が暗い!(笑
前半はそんな気配微塵も見せない明るさだったはずなのに、どうしてこう・・・なんというか、はい。
とりあえずお題は「8」と「海」だったので、あえて「海」にしてみました。
たまには現代ファンタジーでもいいかと思ったんですが・・・・なのに普通だし。

このネタは、別小説の登場人物と実はリンクしています。
別にシリーズものだとかそういうことはないので、大丈夫なんですけどね。