春になると、思い出すことがある。

それが自分の記憶なのか、それとも自分ではない誰かの記憶なのかは分からない。

たとえば、喜びでいっぱいの人々の顔を見ると。

たとえば満開の桜の木の下。

ただ、どうしようもなく切なく、悲しく、そして寂しい。

胸を締め付けるような思いに、涙がこぼれそうになる。

そういう時。胸に手を当てて目を閉じる。

思い出の向こうに見えるもの。それは・・・・・・。

 

校内にある桜並木。満開の桜の木の下で、彼女は『彼』と出会っていた。

「紹介するわね、瑠宇」

にっこりと嬉しそうな笑顔でその人物を紹介する友人。

「こちら、神谷慎一郎さん。うちの大学部の学生で・・・・私の彼氏」

最後の方はどこかはにかみながら。

「で、慎一郎。これが前に話した親友の瑠宇。藤阪瑠宇」

「はじめまして、藤阪さん」

優しい笑みを浮かべて右手が差し出される。 

お互いに初対面なのは間違いなかった。彼の挨拶の言葉が、それを裏付けているといえた。

「彼女からよく話は聞いてるよ。いい友人だっていつも自慢されてる」

「・・・・はじめまして」

ゆっくりと、差し出された手を握り締める。そして、外に対して使っている笑顔をその顔に浮かべる。

「私も彼女から聞いています。お会いできて、嬉しいです」

友人に彼氏を紹介したいといわれ、放課後に待ち合わせをした。

5歳年上で、同じ学園の大学部に通っていると。

「で?わざわざ私に紹介してどうしようっていうの?」

人の彼氏を紹介されてもどうしようもない、というのが正直な感想だった。

友人の嬉しい気持ちと自慢したい気持ちは分からなくもない。

人当たりのよさそうな笑顔と物腰。優しいだろうということが見て分かる雰囲気。

そして何より、世間一般的に見て美形の部類に入るであろう容姿。しかし・・・・。

「だって紹介したかったし、それに瑠宇の話をしたら、是非会ってみたいって言うから」

「・・・・・そう」

彼の腕にしがみついている友人と、彼とを交互に眺める。

「会ってみたい」という、彼のその言葉に他意はないのだろうと思いながら。

ため息をつき、そして『彼』を見る。

会うのは初めて。それは間違いない。

なのに、どうしようもない懐かしさと嬉しさ、そして寂しさが胸を支配する。

「・・・・・・!」

一瞬、何かを言おうとして、その言葉を飲み込む。

何を言おうとしたのか、それすらも分からない。けれど、言葉よりも先に溢れ出そうとした想いがあった。

「藤阪、さん?」

思わず誤魔化すかのように俯いた瑠宇の髪に、そっと慎一郎の手が伸ばされる。

触れられた瞬間、そこから流れ込んでくる『もの』。

はじかれるように顔を上げた瑠宇の目に映る、桜の木と、心配そうな慎一郎の顔。

「・・・・・・」

泣きそうになる。それを必死の思いでこらえて、平静さを装う。

「すいません、なんでもないです」

大丈夫だと、笑顔で答えて、そして『彼』から目をそらす。

「惚気と自慢はこれで終わり?」

いつもと変わらぬように、気づかれないように。出来る限りの演技力で友人に笑いかける。

「そんなわけじゃないわよぉ」

どこか照れたように笑う友人に、手にしていたカバンを握りなおす。

「じゃぁ、私そろそろ行くわね。これ以上邪魔しても悪いし」

「あ、うん。ごめんね」

手を振る友人に頷いて、そして二人に背を向けて歩き出す。

「また明日!」

友人の声に、手だけを振り返す。

振り向くことは出来なかった。振り向けば、きっと今度は普通でいることはできないだろうから。

今は、溢れる思いで何も考えることが出来ないほどに。

 

どうして出会ってしまったのか。

出会うべきではなかった、出会うはずがなかったのだ。

出会えば時が動き出してしまう。せっかく止まっていたはずの時が。

・・・・運命なのかただの偶然なのか。

その時、彼女の胸に生じた一抹の不安は何を意味するのか。

それは瑠宇自身にも答えの出ない問いかけだった。

 

【終わり】
なんというか・・・・・とりあえず、『春』をテーマに短編書こうと言い出したのは私で。
春といえば桜、というイメージが強いので、それを払拭しようと試み。
しかも相方の希望(?)により可愛らしさを求められたのでそれを何とかしようとした結果・・・
玉砕しました(笑)

基本的にどうやら悲しい話がすきなんでしょうか。
うきうきした感じとか出会いよりは、シリアスなほうが得意のようです。


この話は、何よりも主人公(瑠宇)の名前が気に入っています。
響きも字の羅列も。可愛くないですか?(自己満足)
というわけで、無理やりに桜を入れて春にした感満載のお題小説でした・・・・・。