「何をしているんですか?」

「・・・・・月見酒」

手にした小さなグラスと、置かれている酒瓶。

漆黒の夜空には、雲に時々隠れはするが、煌々と輝く月がある。

疑う余地のない月見酒。男の言葉に、嘘はないのだが・・・・・。

「聞きたいことは、そういうことではないんですけど」

額に手を当てて、溜息をつく。

どうしてこうなのだろうと。そういう人物だとわかっている。言うだけ無駄だということもわかってはいる。

「なんで、こんな深夜に、本来いるべき神殿で夜の祈りをささげているはずの神官長様が、このような廃教会

でお酒を飲んでいるんですか?」

壁や屋根が崩れ落ちている教会。

綺麗だったのだろう庭は、荒れ放題となって草が生い茂っている。

外側を覆う柵も、長い年月の中であるものは錆びて、あるものは腐り落ちてしまっている。

そんな教会の前で。

ちょうど入り口部分にあたる場所で、瓦礫に腰掛けて酒を飲んでいるその男を見下ろす。

「・・・・月が綺麗だったから?」

「疑問系ではなく断言してください。というか理由になってません」

はぁっと大きく息を吐く。

しばし考え込むような素振りのあとで、ポケットから取り出された同じグラスが差し出される。

「一緒にどう?」

「・・・・・・・・・・・・」

殴ろうかと。

真剣にそう思った彼女は間違っていないだろうと。自分の行動は正しいという自信があった。

けれど。

仕方がないと、ため息をついて彼の前にしゃがみこむ。

同じ目線になった彼の、その目をしっかりと捉えて尋ねる。

「どうしたんですか?」

「・・・・・」

彼女の問いは意外だったのか。一瞬、彼の目が見開かれる。

そして、すぐにその顔に浮かぶ小さな笑み。

「かなわないな、君には」

差し出していたグラスを横へと置き、そして自分のとあわせてお酒を注ぐ。

周囲に漂う甘いお酒の香。

「・・・・なんでもないよ。月が綺麗だったから、出かけたくなったんだ」

ただそれだけだと。

言いながら、彼女の手を掴み、グラスを握らせる。

そして、自分の手にしたそれとかちんっとあわせて、微笑む。

「本当に、それだけ」

「・・・・・・」

あわせたグラスを口に持っていく彼に、言うつもりがないのかと、ここにきてから何度目かのため息をつく。

同じ教会で、神官長である彼の身の回りの世話をするようになって、もう何年たつだろうか。

だからこそ、なんとなくだが分かることがある。

その能力の高さと、人望と。

人々には敬われ、神殿内でも絶大な信頼を誇る彼が、実際に背負っているものの重さも・・・彼の思いも。

「月見酒なら、わざわざこのような場所まで来なくてもいいでしょう?」

神殿の、自分の部屋でやればいいではないかと。言いながら、彼の横に移動して腰を下ろす。

そして、その肩に、そっと頭を乗せる。

「いいわけ?」

「・・・・言っても無駄でしょう」

目を伏せて、答える。

触れた肩が震えたことで、彼が笑っていることを感じる。

「少しだけですよ?私も早く戻らないと怒られますので」

「・・・・・・」

彼がいないことを、誰も気づいてはいないだろう。

けれど、祈りの時間が終わってしまうと気づかれる可能性がある。それだけは避けなくてはいけない。

彼は、必要な存在なのだ。神殿にとっても、この国にとっても。

それでも、彼女には無理やり彼を連れ帰ることはできなかった。

「ありがとう」

空いている手が伸ばされて、そっと彼女の髪に触れる。

冷たくなっている手。

秋とはいえ、まだ夜は寒い。

このままでは風邪を引くんじゃないだろうかと、帰ったらとりあえず布団か風呂に放り込もうなどと考える。

 


 

いつも笑顔でいる彼が、いったい何を考えているのか聞いたことはない。

言おうとしないことを無理に聞くつもりはなかった。

けれど、時々こうして。

一人でゆっくり考えたいと思って神殿を抜け出す彼を、一人にしないも自分の仕事だと思っていた。

 

 

綺麗な月が輝く、とある夜の出来事。




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はい、お題が「月、菊、赤」にも関わらず、使用したのは『月』のみ(笑
自分で決めておきながら、はるかさんの怒りが飛んできそうです。
本当はもっと和風ファンタジーを目指していたんですが、菊の咲いている廃寺みたいな・・・
場所が教会になり、お酒が日本酒から謎のお酒に変わり、世界が和から洋になってました。
・・・・・・・あれ?おかしいな。しかも超短いみたいな・・・
多分、赤というお題を入れた時点で、人を殺しそうになるから自制したというか・・・

というわけで(どういうわけなのか)なにはともあれありがとうございました☆