小さい頃から、知っている歌がある。

誰かに教わったわけでもなく、周りにはその歌を知っている人はいない。

けれど、どうしてかメロディも歌詞も、彼女の中にはずっと存在していて。

不思議で、少しだけ気味が悪かったけれど、やさしいその歌が嫌いではなかった。

 

 

『記憶の歌』

 


 

「きれいな、歌だね」

「・・・・・」

笑顔で話しかけてきたその人物に、最初に抱いた感情は不審感だった。

「ああ、べつに怪しいものではないよ」

彼女の表情からそれを読み取ったのか、男があわてて言い訳をする。

「歩いていたら歌が聞こえてね。すごくきれいな歌だったから、誰が歌っているのかと思って」

聞こえた、というほど大きな声で歌っていた覚えはなかった。

町外れの街道。城下町と彼女の町とを結ぶ道で。

買い物帰りに街道沿いで休憩をしているときに、小さな声で口ずさんでいただけだったのだ。

「風に乗って、聞こえたんだ」

首をかしげた彼女の思いを読み取ったかのように、男が言う。

「・・・・旅の方、ですか?」

「そんなところかな?」

格好から判断するとそうなるだろう。

この辺りではよく見かける帽子とマント。

腰にさしている剣は、旅人が持つそれにしては大仰なように思えたが、もしかしたら賞金稼ぎなどをしながら

旅をしているものかもしれない。

「その歌、なんて歌?」

「・・・・・知りません」

少しだけ警戒心を解いたのは、彼の持つ雰囲気がやさしかったから。

年齢的には、自分より少し上ぐらいの、青年。

「小さい頃から、ずっと歌っている歌で・・・・」

誰に聞いても知らないという。大人から年寄りまで、誰もが。

いろいろな町で聞いてみても、それは同じだった。

「誰かに教わったわけでもなく?」

「・・・・はい」

素直に頷いてから、気味悪がられるだろうかと考える。

誰も知らない歌を、なぜか知っている。それでいじめられたこともなかったわけではない。

「魂が、覚えているのかもしれないな」

「・・・・・え?」

けれど、返って来た言葉は、予想外のものだった。

顔を上げてみれば、出会ったときと変わらない穏やかな笑みを浮かべた男の顔が、彼女を見ていた。

「前世の記憶って、信じるかい?」

「前世?」

「そう」

突然出てきた突拍子もない言葉。

冗談で友達同士で話すことはある。自分の前世が何だったのかなど。

けれど、今ここででてきたそれは、普段自分たちが使う言葉とは何か違う意味を持っているように感じた。

「その歌は、君の中に受け継がれた前世からの記憶なんじゃないだろうかと、思うんだけど」

「・・・・・」

だとしたら、何のために。

その言葉を口にしようとして、とっさにそれを飲み込む。

何故だか、それを聞いてはいけない気がした。

「貴方は、信じているんですか?前世の・・・存在を」

夢でしかない、人々の想像の中でしか語られることのないそれ。

それが真に存在しているのかどうかを、知る人はいないし、知るすべもないのだ。

「・・・・信じたい、かな」

それまで彼の顔に浮かんでいた笑みが、一瞬、どこか寂しげなものへと変化をする。

何故だか、その表情に、自分まで胸が痛くなるのを感じた。

「もう一度、聞かせてもらってもいいかな。君の歌を」

「・・・・・・」

彼女のひょ条の変化に気づいて、またもとの穏やかな顔へと戻る青年に。

その申し出を、どうしてか断る気にはなれなかった。

彼女の横に座り、目を閉じた彼に。

しばし思案したあとでその横に同じように座って。そして、同じように目を閉じる。

思い出そうとしなくても、口を開けば紡ぎだされるメロディと歌詞。

 

愛する人を、愛する国を、その思いを歌った歌を。







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というわけで、「歌」をテーマに創作小説ということでした。
創作に手を出すのがけっこう久々ということもあり、悩みながら書いた結果がどうにも明るい感じにはならず。
何パターンか書いてみたんですが、その中で一番明るい感じのお話がこれだったりします。

まぁ。前世がらみとかはね、ファンタジーらしくて好きです。
もっと二人を絡ませようかと思ったんですが、なおさら暗くなりそうな気がしたので、そのあたりはご想像に
お任せしようと思います(笑)

ありがとうございました!
【藤崎香音】