そこは、幻の紅茶専門店。

どこに存在しているというわけでもなく、けれど気づけばすぐ身近に存在している小さなお店。

悩みや、不安や、病気や。

その店を必要とする人の前に姿を現し、必要とする紅茶を与えてくれる、伝説の店といわれている。

 

 

「いらっしゃいませ」

壁一面にある棚には、所狭しと真っ白の陶磁器が並べられている。

中に漂う香りは、いろいろなハーブが混ざったような不思議なものになっていた。

赤レンガのその店は、普通の家とは違って小さな窓がいくつかあるだけで。

どこか薄暗い雰囲気がある意味では不気味さをかもし出していた。

「このぐらいがちょうどいいんですよ。紅茶はデリケートですから」

何もいっていないのに、思っていたことに返答を返されて驚きを隠せなかった。

「大体、皆様同じですから」

紅茶専門店というと、華やかなものをイメージしているらしい。

入って真正面のカウンターにいたのは、まだ若い少女だった。

穏やかに微笑んでいる少女に促されるままに、そのカウンターの椅子に座る。

「何が、悩みですか?」

不思議と、見ているだけで心が和む少女の笑顔。その笑顔に促されるままに、ぽつりぽつりと話し出す。

何か迫ってくるような恐怖。襲い来る不安感で、夜眠ることができなくなっていた。

自分でなんとかしなくてはいけないことなのだと分かってはいる。

医者にもかかっているし、そこで処方されている薬を飲んでもいるのだが。

それでも、どうしようもなく怖くてたまらない時があるのだ。

「では、これをどうぞ」

話し終えると同時に、差し出されたのは一杯の紅茶。

「少し苦いかもしれませんが・・・・でも、今の貴方に一番最適だと思います」

笑顔ですすめてくる少女に、恐る恐るそれを手にして。

手にしたカップから伝わる温かさと、鼻腔をくすぐる甘いオレンジのような香。

一口飲むと、口内に広がるのは甘酸っぱさと、ちょっとした苦味。

けれど、嫌な味ではなかった。

「オレンジピールのハーブティです。心身のリラックス効果があるので不眠症などにもよく効きますよ」

甘さと温かさが、体を癒してくれるのだと。

優しい少女の説明が、紅茶と一緒に体の中に流れ込んでくるようだった。

「あとは・・・・こちらなんかもいかがでしょう?」

通常よりも小さなカップに入っていた紅茶は、すぐになくなってしまう。

それを見計らったかのように、いつの間に入れていたのか次の紅茶が差し出される。

「リンデンフラワーのお茶です。こちらも素敵な香りですよ」

先ほどよりも甘みの弱い、けれどすっきりとした紅茶だった。

「他のハーブとブレンドで飲むことの方が多いんですけどね」

先ほどのオレンジピールとあわせるのもいいですよ?と少女が微笑う。

「どちらか、お気に召しました?」

あっというまに両方とも飲んでしまい、彼女の言うとおり気分が不思議と落ち着いていることに気づく。

さっきまで胸の中にあったものが、すとんと落ちてなくなってしまったような感じだった。

「もしよろしければ、お好きな方を差し上げますけど」

どうしますか?と首を傾げられ、目の前の二つのカップを見比べる。

どちらかといわれると、どちらもというのが正直なところだった。

ブレンドして楽しめるというのであれば、なおさら。

「では、両方ともですね」

頷いて、そして茶色の小さな袋に入れられた包みが差し出される。

「オレンジのリボンがついているほうが、オレンジピールですので間違えないようにしてくださいね」

分かりやすいでしょう?という少女に、確かに分かりやすいが・・・とそれを手にする。

「一日に、多くても2〜3杯を限度にしてくださいね。あまり飲みすぎるのも体によくありませんから」

どんな薬も、薬効を追い求めてしまうと逆に悪影響を及ぼしてしまうこともある。

「それぞれ数回分が入っています。本当に必要な時にだけ、飲むようにしてください」

両手に持ったその包みは、不思議と手になじんで。

わずかに匂う香が、先ほどの紅茶の味が思い浮かべられて、さらに気分がリラックスしていくのを感じる。

「ああ、お金は結構ですわ。これが、貴方の癒しになればそれで」

柔らかく微笑んだ少女の、その笑顔を最後に。

気づくと、自分の家の前に帰ってきていた。

 

 

夢のような時間。

けれど、夢でなかったことの証明に、その手には紅茶の包みが残っていた。

 

いつでも、その人の望む時に望む場所へ。

なぜそのような力があるのか、どうして自分がここにいるのかは彼女自身、知らないのだ。

いつのまにかここにいて、いつのまにかここで働いていた。

「ま、人が喜んでくれるならそれでいいんだけど」

手にした紅茶を飲みながら、小さく微笑んで。

そして、また訪れる客を待つだけなのだ。

 

 

 

 

 

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・・・いや、ほのぼのとした感じを目指したんですが・・・暗くはない。殺伐もしてないし人も死んでない。
(ポイントそこ!?)

紅茶は好きです。でもハーブティは実は飲めません(笑 
ありがとうございました。
【藤崎香音】